河回村(ハフェマウル)


韓国で最も歴史的価値があるといわれる民俗村。李氏朝鮮時代に作られた集落がそのままの姿で残り、現在も子孫の方々が本当にそのまま生活しています。洛東江(ナクトンガン)が緩やかにS字を描く地形の一画の集落。高麗時代の終末期、官職についた柳従恵(リュ・ジョンエ)も当村の出、大儒学者の柳雲竜(リュ・ウンヨン)や、文禄・慶長の役の時、領議政(総理大臣)だった柳成竜(リュ・ソンヨン)や、多数の偉人を輩出して、朝鮮半島南部を代表する両班の村として知られています。現代でも国会議員や豊山金属の創始者、韓流スターとして活躍する、柳時元(リュ・シウォン)の家もあるがソウルから移住してきたらしい。ここの両班は皆、柳姓なので出身と思われる。

  

1999年にエリザベス女王が訪問、これを機に整備が進み村には観光客は車で入場禁止、手前の駐車場からシャトルバスで、終点には小さな記念館があり、その時に女王にお出しした朝鮮時代の伝統的な宮廷料理のレプリカも展示されていた。(女王は手をつけなかったそうです) 今では、年間約80万人の観光客が訪れるようになつた。



両班文化と庶民文化が調和している村、瓦屋根は両班、藁屋根は庶民の家

  

集落の入口に鳥瞰図とハングル、中国語、英語、日本語の看板

 

徒歩観光では二時間以上かかるので観光馬車が                                      日本語の看板の説明書              

 

両班の瓦屋根の家にはすべて立派な門                         門は高いほど家柄の良さを表しているらしい

 

樹齢600年以上の欅の霊木。陰暦の1月15日に参神堂の村祭りが行われる。

 

瓦屋根は両班屋敷                                              藁屋根は庶民の家

 

忠孝堂(チュンヒョダン)  柳成竜の宗家   朝鮮中期の建築様式で52間の規模



忠孝堂の中央の額

 

                              隣に柳成竜が文禄・慶長の役の反省書「懲録」等の様々な遺物が展示された遺物博物館

 

富は3代続くと傾くという格言から厠だけを藁葺きにすることでこの家は発展中で今後も栄え続けてほしいという願いが込められている。     柳時元(リュ・シウォン)の宗家

  

科挙の試験をためにソウルまで旅をするソンビ(学生)への施し穴!?多少のお金が入れられていて、ソンビ達が旅の途中で困らないようにとの配慮から穴は子供の手が届かない位置で、農夫の手が入らない大きさに作られらしい。         両班屋敷は見たところ全部柳姓の様ででした



洛東江(ナクトンガン)対岸の小高い丘は、河回村の全景を見渡すことができる芙蓉台と呼ばれるビューポイント。


大陵苑 仏国寺 嶋漂三峰  、春川 南怡島 水原華城南大門南山Nソウルタワー清渓流昌徳宮・秘苑宗廟


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