カシャン

イラン高原とキャヴィール砂漠の境目にあるカシャン テヘランからヤズドに通ずる王の道にある街。テペシャルク(正確にはテペシアク、西欧の学者が間違って発音し孫引きされた訳語)の遺跡があります。彩文土器が発掘され7000年前から集落があり5500年前にすでに農耕がはじまっていたことがわかりました。



テペシアクの遺跡から東北の街の広がり、西風が強いため畑も住居も土塀に囲まれている



テペシアクの遺跡から西南の街の広がり、ザクロス山脈の高峰が連なり西風を吹き降ろす



テペシアクの遺跡 ジグラットの跡でメソポタミアとおなじ古さ材料は藁をまぜた日干し煉瓦でまだ形を保っている。

  

復元想像図                               日干し煉瓦で5500年も形を留めるのは珍しい     

 

  崩れずに穴は貫通している                小さな博物館に出土の土器(ルーブル、大英博物館に主要出土品は流出)

 

フィン庭園が  16世紀サファビー朝によって、この水の離宮がつくられました。
イランがもつ水の技術を最大限に発揮して芸術にまで高めた。水はイラン高原から、カナートとよばれる地下水道をくぐって、運ばれてきます。


 

水路には水色のタイル、水色の陶製のツボがならび、先端から水が噴きだす。究極の水の贅沢。夏の離宮なので建物は風通しよく四方が開いていて中央に泉水が配置されています。イランの水の技術と芸術はシルクロードをへて日本につたわり、曲水の宴などとなって花ひらいたといわれています。

 

高い土塀でかこまれた庭は、高木が涼しい日陰をつくる。田の字にめぐる水路を水が流れる。域外との温度差5〜6℃。


  

18世紀の末、カジャール朝の宰相アミール・カビールが処刑されたハマームの浴室等があり、土塀の上から市街が一望庭園の前では観光客の家族連れが正月の混雑のためかテント生活をしていました。



このあと途中にササン朝ペルシャ時代の要塞砦の跡等を見ながらアブヤーネ村に向かう

 

アブヤーネ村  ゾロアスター教の影響が残る集落、丘の頂上ササン朝ペルシャ時代の砦の跡、世界遺産に登録申請中村の中はチベットを思い起こされる赤茶色い壁の家が連なって、 メインの道路は赤い石畳になっている

  

女性は独特の服を着てバラのスカーフをしている。住民は老人と子供が大半で若者は少ないが観光客は増えている

 

村は丘の中腹に造られており赤茶色い煉瓦の壁と木造の独特のテラスがある

 

集落の奥にモスクがあるが、聖人の肖像やイランイラク戦争の犠牲者の肖像でモスクの雰囲気ではない

  

民芸品のお土産屋さんが並び 季節で雪山を背景に桜や杏の花盛りで素晴らしい眺めでした。

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