エスファハン


エスファハンは標高1575mにある古都、オアシス都市。最も繁栄したのはサファビー朝の首都になってからシャー・アッバス一世(1587〜1629年)の時代につくられたイマーム広場は世界の半分”とまで言われ繁栄を誇りました。、1722年、アフガニスタンの侵入を受けたあと、中心はシラーズ、テヘランへと移っていきました。



イマーム広場  1612年に出来た500m×160mの世界で第二番目の広場でエスファハン第一の観光名所です。昔しはポロの試合が行われていました。イマーム・モスク、シェイク・ロトフォラー・モスク、アリ・カプ宮殿は広場に面し、カイザリエ・バザールの入口も広場に面しています。1979年10月に世界遺産に登録されています。因みに第一の広場は北京の天安門広場です。 上の写真はカイザリエ・バザールの入口の二階のチャイハネ(喫茶店)からのパノラマです。





イマーム広場とイマーム・モスクとカイザリエ・バザールの衛星写真、   昔のキャラバン・サライ等が繋がって迷路のようになっています。



イマーム・モスク シャー・アッバス一世によって26年の歳月を費やして1638年に完成。4本のミナレットと青いドームのモスク。正面玄関は広場に面しモスクはメッカの方角を向いて両者の間には角度があります。入口玄関の高さは30m、壮麗なタイルとカリグラフの組み合わせ、鍾乳石構造はサファビー朝の建築様式です。

 

シャイフ・ロトフォラー・モスク  広場の東側に建つ、ミナレットがないのは、王室専用だったので礼拝を呼びかけの必要がなかった、アリカプ宮殿と地下道で繋がっていて王妃らは外へ出ることなく礼拝に訪れることができました。ドームの天井は光の方向で孔雀が羽根を広げたように見えるようになっている。

 

アリカプ宮殿  広場西の7階建ての建物。シャー・アッバスと4人の正妻の居住。各階に小部屋は壁画やモザイクで覆われていました。
今はほとんど破壊されています。最上階には音楽堂があり、壁、天井が二重、内壁は楽器の形の穴をあけ反響を防ぐ構造になっています


 

シャイフ・ロトフォラー・モスクとアリカプ宮殿の衛星写真

 

             カイザリエ・バザールの入口               内部は奥が深く迷路で地元の人も迷うと云う  

 

 

ヴァーンク教会   1655から1664年に建てられたイランのアルメニア教会の中心となってきた教会です。モスクと見間違うようなドーム持っていますがれっきとしたキリスト教の教会。内部はアルメニア人キリスト教徒の迫害の歴史の極彩色の壁画に埋め尽くされています。撮影禁止でしたので絵葉書を転載しました。



チェヘル・ソトゥーン宮殿  サファヴィー朝アッバース2世によって1657年に迎賓館として建てられた。 20本の柱が池の水面に映り合計で40本に見えるために四十柱宮殿と呼ばれる。建物内は現在、博物館兼美術館

  

二十本の柱は木製                   基礎部分は石の彫刻で噴水               宮殿の正面は鏡の間

 

室内の壁画の一部

 

ジャメイ・モスク (金曜日のモスクは誤り、ジョメイ=金曜日、ジャメイ=巨大)と西欧の研究者に誤解されたため

 

エスファハンで最も古く、規模の上でもイランでも最大級のモスク  8世紀に創建され、火事で大半を焼失後12〜14世紀を中心に再建され、18世紀まで連綿と増改築が重ねられた修復の跡が残る。 ジャメイ・モスクは各都市に必ず1ヵ所ある。その町で一番規模の大きなモスクであり、都市の中心的な役割も持っている。




ハージュ橋  ザーヤンデ河(生命を生み出す河)にアッバース2世によって1666年に架けられた。
長さ 133m、幅12m。二階建て構造になっている夏は涼しく市民の憩いの場所となっている。



スィーオ・セ・ポル  市の中心を南北に貫くチャハバー通りを結んでいる33のアーチを持つ橋。1602年に完成し、当時のままの姿で残っています。
幅14m、長さ300mでエスファハンで一番長い橋。

 

鳩の塔  糞を集めて肥料として市場で売っていた。各地に沢山あったが今は殆どなくなった。ここは観光スポットとして保存している。8000個の巣がある。

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