パサルガダエ


キュロス2世がアケメネス朝の首都と定め、紀元前546年頃建設を始め,ダレイオス1世も引き継いで造営を行った。今では見渡す限り広大な荒地が広がり、ところどころにポツンと宮殿跡や大王の墓(アレキサンダー大王はキュロス大王を尊敬していて墓は破壊を免れ残ったらしい)があるだけ。当時は張り巡らせた水路によって緑あふれる美しい宮殿だった。この盆地の大部分に古代遺跡の残骸が眠っているらしいが発掘の予算もなくそのまま放置されているらしい。



見張台の小高い丘や周囲を山に囲まれた盆地状に広がった原野に宮殿、ゾロアスター教神殿、や大王の墓がある



1本の高い柱の残る宮殿跡、低い四角の柱には楔形文字の刻印や神のレリーフ

  

神のレリーフ         

 

          柱の楔形文字                        半魚人のレリーフ

 

       倒れた石材に文字の文様                     レリーフの足





宮殿跡 謁見殿

 

人物像のレリーフの一部 アラブの侵入によって顔を含む上半身は破壊されたらしい

 

                   見張り台跡                            ゾロアスター教神殿跡

  

アケメネス朝ペルシアの創始者キュロス2世(キュロス大王)の墓。側面に碑文らしい文字高さ11メートル、6層の段塔の上に切妻屋根の墓室が載っている。



シラーズへの途中、変わった山の名前をガイドに聞くと”シーバンド山”でペルセポリス建設の石を切り出した山でした

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