タシケント

ウズベキスタン共和国の首都。「タシケント」とは、ウズベク語で「石の町」を意味します。砂漠の中にあるにもかかわらず、タシケントは緑の濃い町です。樫の木などが
よく繁り、涼しい木陰をつくっています。1965年、大地震による壊滅的な被害を受けた後、復興が進み近代的な町並みに生まれ変わりました。スターリンの民族政策に
より、この地に強制移住させられた人々も多くトルコ系、ロシア系の人日本人に良く似た顔の人など多種多様で人種のるつぼの都市と言えます。ソ連に抑留された
約30,000人の日本人が連れてこられました。日本人抑留者たちはウズベキスタン各地で強制労働を強いられ、812人の人々が故郷日本に帰る事なくウズベキスタン
国内に葬られた日本人墓地があります。日本人抑留者が建設に携わったアリシェル・ナヴォイ劇場はウズベキスタンの国民的詩人、アリシェル・ナヴォイの名前を冠し、
タシケントの中心アムール・チムール広場にほど近い場所に建っています。


  

サマルカンドからタシケントの途中に関所の跡

  

地下鉄の試乗をしました。非常時軍の施設となる為内部は撮影禁止、出入り口のみ。

  

日本人墓地は金曜日の為、駐車で混雑していた。

  

独立前は土盛りのみだったが様々な機関・団体の協力により整備され慰霊碑が建立されています
抑留日本軍人79名が葬られていました。同じ大分県人の名前があり思わず接写しました

  

同行の78歳の書道の先生の般若心経の読経の声に目頭が熱くなりご苦労を偲びました。

  

ウズベク伝統工芸博物館   刺繍や現在美術、陶芸品や装飾品などを始め様々な工芸品が展示されている。

  

最近注目の木綿に絹の刺繍をしたスザニ(数百万円するものもある)や焼き物

  

アリシェル・ナヴォイ劇場  強制労働にもかかわらず立派な物を作り上げた事で,ウズベキスタン人は,日本人に対する信頼感がある
市内のほぼすべての建物が倒壊した1966年の大地震でも、ナボイ劇場だけはビクともしなかったと言われています。

  

アミール・チムール公園(旧革命広場)の通称ブロードウェイ通り    アミール・チムール像(500スム紙幣の裏面に印刷されている)

  ニコライ、レーニン、スターリン、レーニン、エンゲルス、チムールと像が変わった。チムールの復権は「モスクワ支配の終焉」を象徴。

    

アミール・チムール博物館(1996年建設)             縁台将棋(チェス)                   公園の絵画売り       

TOPページへ