ブハラ


ブハラはカラハン朝、ブハラ汗国の首都であった。サマルカンドと並んで栄えた二大都市のひとつでした。町の名はサンスクリット語の『僧院』に由来するそうです。
5世紀の唐書には『不花刺』の名前でソグド人の町として記録に残されています。チムール帝国以後16世紀半ばまでブハラ汗国の王城として栄え、インド・中国・
ロシアへの交易路が交差する商業都市として発展しました.



タキ・サラファンを中心の街並み   交差点を覆った古い丸屋根を連ねたバザールとして使われている。

  

タキ・サラファンにはイスラムでタブーの金融業を営む為ユダヤ教徒が多く住んでいた。街中の玄関の上にユネスコの世界遺産の紋章

  

キャラバンサライとその内部(修復を繰り返した為初期の建物は半地下室になっている)

  

キャラバンサライ前の運河                                              

  

外城の城壁の痕跡



アルク城   何度も破壊され現在残っている城は18世紀に建てられたものです

  

   歴代のブハラ・ハーンの居城。内部には、小さな博物館が数ヶ所ある。

  

城内の施設

  

バラハウズ・モスク  クルミの柱20本が並ぶこのモスクは、実像の柱とハウズ(池)に写る柱で「40本柱のモスク」と呼ばれてた

    

ナスラジン・ラディンの像(賢人で金持ちを欲をネタの機転で助け裁判で財産の半分をせしめた話)
前に背の低い斜塔の様に傾いたミナレットが立っている    観光地でシシカバブの屋台もあった。

  

イスマイール・サマニ廟  サーマン朝の祖の霊廟、色タイルを使わない中央アジア最古のイスラム建築(9c)
日干しレンガの積み方で様々な模様が壁面に装飾され光線の具合で美しい文様を浮かび上がらせる。

  

ジンギス・ハーンにより全て壊滅したが砂に埋もれていて残った                      桑の古木      



 カラーン・モスク、ミナレット、メドレセの遠景 



カラーン・モスク

  

カラーン・ミナレット 塔の帯には1127年にカラハン王朝の時代に建てられたと刻まれています。このミナレットは火焼レンガで造られ高さ46.5メートルと
中央アジアで第一の高さを誇っています。夜は塔の上で灯をともし商隊や遊牧民たちの目印になった。カラーン・モスクのアザーンと、14世紀以来、
ロシアに禁止されるまで死刑囚を塔の上から落とすことが行われ、死の塔ともいわれています。

    

暗い急な105段の螺旋階段で最上部からブハラが一望でき、建物の屋根がたこ焼の鉄板を連想      ミリ・アラブ・メドレセ 



カラーン・モスクとウルグ・ベク・メドレセとアルク城の展望

  

  ウルグ・ベク・メドレセの内部            チャル・ミナル  ミナレットでもモスクでもな1807年裕福なインド商人が建造

  

金持ちの民家を改造したレストランの饅頭の夕食

  

              工芸博物館                           木綿に絹の手の込んだ刺繍のスザニ(壁掛け、ベットカバー等)

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