ビシケク

キルギス人はチュルク系の遊牧民族で総人口に占める割合は52%。ロシア人は22%を占める最大の少数民族で主にビシュケク等工業地帯に居住しています。
ウズベク人は13%で、主にフェルガナ盆地に集中しています。その他ウクライナ人ドイツ人、タタール人等です。キルギス人がこの地に移り住んだのは紀元前、
7世紀突厥帝国に支配されその後、唐、ウイグル、13世紀にはチンギス・ハーンに征服され、17世紀後半にはモンゴルのオイラート族の侵略を受け19世紀には
コーカンド汗国の領域に入ります。1876年ロシアがコーカンド汗国を併合。以後トルキスタンの一部となり1924年の中央アジア再編成によって自治州、1926年
自治共和国、さらに36年ソ連邦構成共和国となります。1991年1月国名をキルギス共和国と改め、8月に独立を宣言しました。ビシュケクはキルギス共和国の
首都となりました。アラタウ山脈の麓、天山から流れ出るチュー川がつくった広い谷にある豊かな緑に覆われた街です。



海抜700-900mの高原。シルクロードでは天山山脈を越えイシク・クル湖畔を抜ける天山北路が通っていた。古代にはソグド人の集落もあったが、1825年に
この地に築かれたコーカンド汗国の要塞ピシペクが始まり、以来この街はピシペクといったが、1926年この地に生まれたソビエトの司令官ミハイル・フルンゼ
の名前をとってフルンゼと改称された。1991年初、独立宣言に先立ってビシュケクとなった。近郊には玄奘三蔵のゆかりのアク・べシム遺跡やブラナの塔
などの観光名所がある。

 

      歴史博物館                                 ユルタ(パオ、天幕の住居)

キルギスの古代からの遺物の展示と歴史が良く分かる。特にレーニン関係の展示がソ連時代のままが珍しい

 

      革製の民具                            ロシア革命の一場面のレリーフ

 

レーニン像                         勇士の故人を模った石人(墓石)      



博物館の前の広場、大きなレーニン像が真中に立っているのは奇異に感じた。

 

ビシケクの中央バザール

 

日本人に馴染み深い顔が多い

   

コンサートホールの前庭 
英雄叙事詩のヒーロー・マナス王の銅像 

 

アルマトイからビシケクの途中の並木にカラスが沢山巣を懸けていた。ステップの草原には並木以外に高い樹は無い

   

マッキー(ポピーらしい)                   カラコリチュ                 チェレパファ(陸亀)

ガイドに現地名を聞いた


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