チェスキー・クルムロフ(チェコ)

チェスキー・クルムロフはプラハから南に約145キロ、南ボヘミアのブルタヴァ川に囲まれた美しい街歴史は13世紀にポヘミアの豪族ヴィーテクはここに城を建築、城の下に小さな街が出来、14世紀初め、ロジュンベルク家の手に渡り、以降街はロジュンベルク家と共に発展14世紀末には100軒程度の規模になり16世紀にその繁栄の頂点に達する。1600年神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世が買い取り、その後1622からはエッテンベルク家1719からはシュワルツェンベルク家の所有と様々な領主がこの街を支配、20世紀になりナチス・ドイツによる街の占領と、その後の共産党の独裁体制下で伝統文化が否定されたことから、城は荒れ果て、廃墟同然となってしまいました。しかしあまり戦略的な場所ではなかったため、城と旧市街は現在まで無事に生き残り、民主化された後街と城の修復に取り組み復元されました。5つの中庭と40の建造物からなり、チェコでプラハ城に次いで2番目の規模の城。中にはバロック風の劇場、陶器、ゴブラン織、絵画などがあり、街には歴史的な建物がそのまま残っていてタイムスリップして中世にいるような感じがします。旧市街の中央にはスヴォルノスティ広場、周りの横町は狭くて迷いやすい。ブルタヴァ川の蛇行した半島の上に建てられたため、旧市街は中世期以来拡張出来なかった。1992年に世界文化遺産に。



城の渡り廊下から聖ヴィート教会とスヴォルノスティ広場を囲む旧市街

  

       ブルタヴァ川に取り囲まれている          ペスト記念塔(スヴォルノスティ広場) ゴシック様式の聖ヴィート教会

 

         商店の外壁に家紋                    スヴォルノスティ広場の一角

 

レストランの外壁には綺麗な壁画                     中世そのままの街並み

 

  中世の教会の塔(現在は商店に使われている)                 城の見取り図            

  

城の塔(元々ゴシック様式)は、ルネサンス様式で再建された                       壁面は壁画で飾られている      

  

壁面はレンガや家紋の壁画                 城の門や側面の外壁も壁画

  

城の中庭にみえる壁画(レンガも描かれたもの)         城の渡り廊下からの眺め   


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