パルミラ
パルミラ近郊では、約七万年前の旧石器時代の石器が発見され、メソポタミアで発掘された石版にもパルミラの名前と思われる記述がある。紀元前1世紀から3世紀までは、シルクロードの隊商貿易の中継都市として発展繁栄。ローマの属州となったこともある。しかし、2世紀にペトラがローマに吸収されると、通商権を独占絶頂期に至った。270年ごろに君臨したゼノビア女王はローマから「諸王の王」の称号を贈られたオデナトゥス王の妻。アラビアの部族長の娘で母はギリシア人だったらしいる。267年に王の甥に、夫が暗殺されると息子ウァバラトゥスの共同統治者となり、折からのローマの混乱に乗じて小アジアからエジプトに至る地域を掌握した。272年には、自らはローマ帝国皇妃の称号である「アウグスタ」を名乗り、ウァバラトゥスには「アウグストゥス」と名乗らせ、これを記念したコインまで発行し、ローマに挑戦する姿勢を見せた。アウレリアヌス帝はパルミラの独立を恐れ遠征の軍を興し、272年にパルミラは陥落しゼノビアも捕らえられたといわれている。その後のゼノビアについては定かでなく、程なく病死したとも凱旋式に引き出された後イタリアで余生を過ごしたとも伝えられている。ゼノビアは、クレオパトラの後裔と称し、美人で博識で各国の言語を使いこなし、自ら戦場で指揮を執ったといわれている。
パルミラ遺跡のパノラマ



記念門



記念門から列柱通り



観光用の駱駝



四面門と列柱通り



ベル神殿

 

ベル神殿の境内は倒壊した柱の山

 

ベル神殿の内部と彩色跡の残るレリーフ

 

               ベル神殿の裏                       周りの要壁には神殿の柱の廃材などを利用している(向こうはアラブ城)



バール・シャミン神殿(他国の隊商などがお参りする神殿らしい)



円形劇場



アラブ城からのパルミラ遺跡

 

夕陽のパルミラ遺跡                                          夕陽のアラブ城

 

          アラブ城の夕日                                         ホテルからのバス(旧い日本製)



墓地の谷からのアラブ城





       五階建ての塔墓                                     塔墓の内部

 

地下墳墓の入口(内部は撮影禁止)



パルミラの街

  

パルミラ博物館には庭に墓から出土したレリーフを展示(内部は撮影禁止)

 

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