ケルアン




ケルアンの衛星写真 アラブ人には馴染みのベルベル人の居住地でありオアシスにも恵まれた土地だった
ここに設営されたミスル(軍人キャンプ)がケルアンの起源 マグレブ諸国で最初に築かれたイスラム都市




アッバース朝支配下で現在のチュニジア地方の支配を認められたアグラブ朝貯水池



イブラーヒーム・イブン・アル・アグラブ がイフリーキーヤ総督として、カリフの宗主権を認め独立した地方政権を北アフリカの地に確立

 

ケルアンは670年頃に建設が始まり、名前はアラビア語キャンプ、ペルシア語キャラバンなど休憩場所を意味するに由来する

 

アラブ人が侵入した時、敵対したベルベルとビザンチンが山岳地帯と地中海沿いだったので、中間位置のこの地が戦略的だつた

 

イスラム世界では、メッカ、メディナ、エルサレムに次ぐイスラム第4の聖都で、マグレブ最大の聖都



マグレブ地方で最古のモスク、最も美しいグランド・モスクがある北アフリカきっての聖都



伝説では670、北アフリカを征服するためにウマイア朝から派遣された総督ウクバ・イブン・ナーフィーによって建設された

  

マグレブで最古のモスクであるグランドモスクを観光、建設資材は古代ローマの柱などをリサイクルしてある

 

リサイクルの柱のために高さが不ぞろいなのをアーチの形状や礎石の高さで調整している

  

古代ローマの柱などをリサイクルの為に壁の石材などにはローマの文字がそのまま残っていました



市民への給水問題は井戸を掘り、雨水溜めを整え、860に建設されたのを筆頭に多くの貯水池を設けることで解決

  

モスクの広場の中央には雨水が溜まる仕組みになっており地下には貯水槽になっている、また日時計もある



シディ・サハブ・モスク(霊廟)  サハブは、アラビア語で友人の意味

  

バルバリエ(床屋)のモスクと呼ばれ、イスラム教の創始者ムハンマドの従者で、専属の床屋シディ・サハブに捧げられたモスク

  

周囲の壁に施された色鮮やかなエナメル焼き技法のタイルがこの建物の特徴

 

植物や鳥をあしらった模様など、アンダルシア伝来のモチーフのほか出入り口の上部や柱をまたぐ馬蹄形アーチも特徴的

   

チュニジアで最も有名な絨毯の産地のため、絨毯屋が多い

 

旧市街を囲む立派なカスバを改装したホテルのレストランで昼食(アラブ王朝時代の繁栄を物語っている)



メディナは高さ7〜8m、厚さ2m、全長約4kmの城壁に囲まれ、東西1.2km、南北0.6km、54haと小さい

 

チュニジアン・ブルーで塗装され、白壁との鮮やかなコントラストを示している

  

ケルアンのメディナはユネスコ世界文化遺産

   

バルコニーや窓枠、玄関ドアに工芸的な細工が施されている

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