モスタル(ボスニア・ヘルチェゴビナ)




モスタルのスタリ・モスト(Stari Most,「古い橋」)の附近の衛星写真  中央の幹線度道路が紛争の最前線、橋がボシュニャク人の勢力下にあった
ネレトバ河の狭い左岸と右岸の勢力圏を繋いでいることから1993年11月9日午前3時にクロアチア系のカトリック民兵によって破壊された




ドゥブロヴニクから斜張橋のトゥジマン(初代大統領)橋を渡り北上するとすぐ国境、そこを過ぎると直ぐにネウム(Neum)の街
ボスニア・ヘルチェゴビナは海岸沿いをクロアチアに囲まれた内陸国、しかしネウム附近で幅21kmだけが海岸線に接している




ドライブインが往復する人々の補給基地、狭い駐車場は観光バスや乗用車で混雑 展望台からは海岸が見えるが前の陸地はクロアチア領の
ペルジェサク半島、その向こうの島は同じくクロアチア領のフヴァル島、ボスニア・ヘルチェゴビナはアドリア海へ出るには100km近く迂回しなくてはならない




ネウムの街を出るとまたすぐ国境、崖の連続する海岸をしばらく走るとやっとネレトバ河の近くに来て肥沃な沖積平野の光景が見えてくる



そこからネレトバ河に沿って北上、メトゴビチ(クロアチア)の街を過ぎると再び国境を越えてボスニア・ヘルチェゴビナに入国、ブドウ畑が広がる



モスタルに到着、左側の高いカトリック教会の鐘楼の奥がバスの駐車場、そこから歩いて橋に向かう 付近は紛争時の弾痕跡が生々しく残る



紛争の最前線の幹線道路          道路を越えた左岸も廃墟が多い         橋の近くのモスクのミナレットと小さな石橋



1993年11月9日に左岸の丘からの砲撃で橋は破壊された   2004年6月23日にユネスコの支援を受けたトルコ企業によって復興工事が完了した
2005年にボスニア・ヘルツェゴビナ初のユネスコ世界遺産となった  もとの橋は1557年にオスマントルコのスレイマン1世によって建立されたものである
全幅4m、全長30m 、川面からの高さは24 m   橋の防衛のために要塞化された塔が両端に、右がヘレビヤ塔 (Helebija) 、左がタラ塔 (Tara)




橋の上からの上流の眺め、右岸にモスクのミナレットが多い 建造当時では世界唯一のシングル・スパン・アーチであった



橋の上からの下流の眺め、再開通は2004年7月23日、再開通のセレモニーも挙行された 右下の舞台がその会場跡ではないか?



ヘレビヤ塔 の入口     向こうのタラ塔  二つは「モスタリ」 (mostari) と呼ばれ意味は「橋の護衛者たち」    街の名前のモスタルの語源



テネリヤ (tenelija) という鉄平石のような地元の石を当時の技法に従って切り出した1088個の石を使用して再建  地元の屋根材  昼食のレストラン



帰りは再び国境を越えて欧州1号線の高速道路を山脈を越えてアドリア海沿岸側のトロギルへ      途中のアニマルパス



山脈を越えると眼下にアドリア海とチオヴォ島とその間にあるトロギルの旧市街が見えてきました


旅行記へ          TOPページへ

クロアチアスルジ山 ドゥブロヴニク、 ドゥブロヴニク・クルーズトロギルスプリットシベニクプリトヴィチェ
モンテネグロコトル スロヴェニア リュブリアナブレッドポストイナ