ブル−ジュ




観光したブリュージュ歴史地区の衛星写真   街の名前の由来は「橋」、運河の街で無数の橋があり、13世紀から14世紀にかけて毛織物工業で栄ましたが
15世紀後半北海との水路が泥で埋まり衰退、その結果街は中世の面影を残している。  ベルギーはフラマン語(オランダ語に近い)を話すフランドル地方と
フランス語を話す南のワロン地方に分かれ、ブルージュ、アントワープなどはその代表的な都市、首都ブリュッセルはフランドル地方ですがフランス語を話す

 

水の都だけあって自転車専用のつり橋             ザンド広場(この地下に大きな駐車場になっているそうです)

 

ザンド広場からマルクト広場へ道から聖サルバドル教会の塔                      途中の公園からノートルダム大聖堂           



マルクト広場の中心に1302年にブルージュで発生した市民蜂起の肉屋のヤン・ブレーデルと織布工のピーター・ド・コーニングの2人の彫像
肉屋と織布工という市民がギルドとして実力を蓄え、都市の自治を守るため蜂起したフランドルの繁栄を象徴する切妻屋根のギルドハウス


 

マルクト広場   西フランドル州政府庁舎と毛織物会館の上に高さ88mベルギーで最も美しいと言われる鐘楼。47個の鐘のカリヨンが有名

 

切妻屋根のギルドハウス(ベルギー独特のフランドル様式)と観光馬車         マルクト広場             毛織物会館(鐘楼の下部)

 

マルクト広場とブルク広場を結ぶブライデル通り            ブルク広場(フランドル伯の城「ブルク」の場所)          市庁舎         

 

旧古文書館(1537年建造)当初は裁判所として利用され、建物の頂上には正義の女神像が左手に公平の象徴、秤を持ち、右手は断罪の剣



ブルク広場    市庁舎の前から西側の眺め    左の金の像のある第2回十字軍遠征でエルサレムから持ち帰ったキリストの聖血礼拝堂    



ブルク広場               市庁舎の前から北側の眺め

 

運河と赤レンガ建築の美しい風景をボート観光する観光客

 

ブルク広場を抜けると運河の曲角です、右に鐘楼、左にノートルダム大聖堂が遠望出来ます。

  

ノートルダム大聖堂の内部   1505年ミケランジェロ作と伝えられる聖母子像

 

ノートルダム大聖堂    右脇の庭に菩提樹の生垣(菩提樹は若いころから誘引する)

 

ノートルダム大聖堂のから伸びる前の道は中世の雰囲気を湛えて綺麗な街並み

 

ベギン会修道院跡はフランダース地方に多く残ているがブルージュの修道院はその代表的な存在      前には馬の頭の水飲み場(馬車溜まり)

  

尼僧院ではなく自立的な生活を営む女性たちのための共同生活の場だったようです

 

レンガの壁に囲まれ、外界と遮断されたような修道院の中庭

   

現在はベネディクト派の修道女たちの祈りと生活の場所だそうです

 

愛の泉公園(昔の船着き場)      右の赤レンガの建物は16世紀の水門の家       幅広の運河を街中に引き込んだ唯一の場所



愛の泉渡る橋     ブリュージュの防壁の武器薬庫の跡(高さ18m)


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