アムステルダム




アムステルダム、13世紀にアムステル川の河口ダムで出来た町。16世紀には海運貿易でヨーロッパ屈指の都市へと発展。観光場所の衛星写真

  

アンネ・フランクの家 家族8人が1942年から約2年間、ナチスの迫害を逃れ隠れ家として住んでいた家の博物館 
長蛇の列で1時間待ち、中は撮影禁止、ざっと見ても40分ほどかかる。外側からは全く判らない。




アムステルダム中央駅、泊まったホテルはすぐそばでした。東京駅のモデル

 

中央駅の前の運河の船着き場から運河クルーズに出港、船の窓はプラスチックで透明度はあまり良くない。

  

   駅の前の大駐輪場       ネモ子供科学博物館、停泊する船のような建物       運河沿いの建物の棒はロープをかけて荷物を引き揚げる



運河の光景(不鮮明映像は動画のコピーの為)



アウデスカンス運河に入りモンテルバーンス塔の脇を通り、その先の橋をくぐるとアムステル河本流に進入

 

左岸に有名なアムステルホフ(旧い老人ホーム)が見えてきて、その向こうが”マヘレの跳ね橋”



「マヘレの跳ね橋」は、1671年に建造され、アムステルダムに残る唯一の木造のはね橋

 

はね橋の手前で反転で狭い運河を通り

 

運河の名前は不明だが中世の街のままの風景

 

いろいろな運河を通過

 

プリンゼン運河のアンネフランクの屋根裏部屋から見えることが出来るウエスター教会の側を通過



狭い運河を通りシンゲル運河へ

 

シンゲル運河から駅前の駐輪場の建物が見えてきました。



中央駅前の大通りの下をくぐり船着き場へ

  

      運河の開閉橋(交通止めとなる)                    アムステル川の旧河道を埋め立てたもので建物が傾いているものが多い

 

                新教会           ダム広場、アムステル川をせき止める堰のあった場所(移動遊園地が開かれていました)。
                          奥は1648年に市庁舎として建てられ、ナポレオン戦争中の1810年にホラント王国の王宮となり、現在も王宮


 

ダム広場の隣に戦没者慰霊塔                         ダム広場から中央駅方向

 

アムステルダム証券取引所 旧館  世界で最古の証券取引所

 

聖ニコラス教会(中央駅の東南にあるカトリック教会)             旧教会(アムステルダム最古の教会、13世紀に建設開始)

 

「涙の塔」1480年に防御施設の一部、17世紀市域が拡張されたあと残った要塞で、現在は船具店として利用されています
旧市壁が鋭く折れ曲がった所に塔があったた女性が出帆する男性を見送りにきて涙したためこの名前になった。



運河越しに見えるモンテルバーンス塔(1512年アムステルダムの防衛施設として下の部分が建造され1606年尖塔が追加された)



ニューマルクト広場(計量所)。1488年に造られたアムステルダムの城壁で聖アントニウス門、17世紀に建物前の市場の計量所として1階が利用された。

 

”飾り窓”とは中心部にある風俗街デ・ワレンの俗称。観光名所である旧教会の裏側に広がる。
売春婦が窓越しに客と交渉することから売春婦を商品に見立てて飾り窓と呼ばれるようになった。


  

売春宿の附近では性具の店やそれを表現する影絵の看板やブロンズの敷石   旧教会が着工された13世紀ごろから娼家が集まっていたそうです

 

オランダ人では頭を取った新鮮なニシンを1匹丸ごとかぶりくそうですが、生食に慣れた国ですので日本の寿司などは人気だそうです



アムステル河本流の光景を眺めながら帰りのスキポール空港へ


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