ミャンマー旅行記

●1月25日 6:41大分発 ソニック6号にて博多駅経由福岡空港へ9:40集合、福岡空港からは二人で参加、11:40発 TG649便にて飛行時間6時間でバンコック空港へフライト、15:35(現地時間時差ー2時間)到着、バンコック空港の案内が不親切で、判りにくくさんざん右往左往しましたが、何とか成田組添乗員と合流、17:55発 TG305便にてヤンゴン(Yangon)へ18:40到着、現地ガイドのキンモーモーイーさんと合流、専用バスにてホテルへ

●1月26日 朝、ビュッフェの朝食後ホテル前のインヤー湖(Inya)を散策、9時出発でヤンゴン市内観光 2500年前に建てられた98メートルの仏塔 
シュエダゴン・パゴダ(Shwedagon)、「獅子の玉座」があるミャンマー最大規模の国立博物館を見学後、街中のレストラン・モンスーンにてミャンマー料理の昼食。ヤンゴン川沿いに建つ2000年以上前にインドより持ち帰られた仏陀の遺品を安置するボウタタウン・パゴダ(Botataung)、戦争中に爆撃を受け、内部が回廊になっているのでここだけは外側からだけでなく内側からも見学出来ました。そのあとヤンゴン駅の西に位置する観光スポット、観光客で賑わっている宝石やロンジー、銀製品、籐製品など、品揃えが豊富でミャンマーで一番有名なボージョーアウンサンマーケット(Bogyoke Aung San)を見学。ヤンゴン市街地の中心にそびえる釈尊の整髪が安置されていると信じられているスーレー・パゴダ(Sule)、しかし残念です仏塔の本体は修復中で筵で覆われて雄姿は鑑賞出来ませんでしたが小鳥を買って放鳥して功徳を積みました。夕食はカンドジー湖(Kandawgyi)上に建つ黄金宮殿のレストラン・カラウエイパレス(Karaweik Palace)で民族舞踊や操り人形劇などのショウを観賞しながらのビュッフェの夕食、その席での参加者の自己紹介がありましたが煩くてよく聞こえませんでした。帰りにライトアップされたシュエダゴン・パゴダを見てホテルへ

●1月27日 ホテルを早朝出発朝食は弁当、ヤンゴン空港へ、エアパガン W9−143便にて1時間でパガン空港(Bagan)へ、早速専用バスにて
ニャンウー市場(Nyaung U)を見学後、シュエズィーゴン・パゴダ(Shwezigon)、1215年建立のティーローミンロー寺院(Thilominlo)、高さ10m近い仏塔が四方に並ぶアーナンダ寺院(Ananda)を観光、昼食はイラワジ河(Ayeyarwady)の岸辺の展望を誇るレストラン・シツイにて。昼食後は漆器工房を見学、夕景を見るポイントとしても人気の急峻な階段に苦労しながら登りシュエサンドー・パゴダ(Shwesandaw)の最上階から古都パガンの仏塔の林立するシルエットで有名な夕陽を眺め、夕食は途中のレストランで子供たちの操る人形劇や民族舞踊のショウを観賞しながらバガン鍋を賞味しました。

●1月28日 早朝、朝食後ホテル近くのバガンで二番目に高い55mのコードバリン寺院周辺を散歩観光、途中、ヤシの実を傷つけ沁み出した蜜を精製した黒砂糖やそれを発酵させた焼酎などを試飲試食、お土産に買って南東の平原に位置し忽然とそそり立つミャンマーの土着信仰である精霊ナッ信仰の総本山で、あまりに珍妙なその山体で多くの参拝客を集めるポッパ山(Popa)の麓にあるタウン・カラッ(Taung Kalat)へ。裸足で777段の階段を約40分かかり参詣、階段には多数の野生猿がいましたが皆で猿除けの棒を用意していたので話を聞いていたほどの悪さは受けませんでした。帰りは途中のドラゴンフルーツの畑の中のレストラン・ヤンゴンで昼食、夕方は昨日と同じように今度は多少低いが金色の塔が見事なマヤッズィカ・パゴダ(Dhammayazika)の上からパガンの夕日を観賞、夕食は女装ダンサーのローソクショーが印象に残ったレストラン・ティピカルですませホテルへ

●1月29日 早朝シュエサンドー・パゴダより荘厳な日の出を観賞、パガンに残る唯一のヒンズー寺院内部にシバ神、外壁にヴィシュヌ神が飾られているナツラウン寺院(Nathlaung) 、パガンで最も高い寺院として有名な タビニュ寺院(Thatbyinnyu)を見学後、タビニュ寺院の隣の僧院で日本軍人の戦没者慰霊碑に参拝、線香や?燭をたむけご冥福を祈り、それを管理している僧院を訪問、皆で多少の寄進をして退出。そのあとタラバ門(Tharabha)を通り市場を散策、私は被ってきた帽子を記念にと買換えましたが、観光地の名前の入ったものを探しましたが見付からずに残念。インドのブッタガヤの寺院を模したマハーボディ寺院(Mahabodhi) 、旧王宮の礎壇跡、フレスコ画が残るスラマニ寺院(Sulamani)、未完成となったダマヤンジー寺院(Dhammayangyi)などを巡り、昼食はイラワジ河沿いのサンセット・ガーデンで。現地ガイドのモーモーイーさん推奨のタヨッピェ・パゴダ(Tayoke)からの夕日を観賞、比較的に新しいレストランのクイーンズ・ハウスで野外の民族舞踊や操り人形のショーを見て夕食、ホテルへ

●1月30日 ホテルを早朝出発、W9―009便にてミャンマー第2の都市古都マンダレー(Mandalay)へ30分のフライト、アマラプラ地区(Amarapura)のマハーガンダーヨン僧院(Mahagandhayon Kyaung)僧侶の生活ぶりを見学、篤志家の托鉢風景や大勢の僧侶の食事風景などを観光、予定外の近郊の有名な木の橋、ウーペイン橋(U-Pein bridge)を見た後、イラワジ河の岸辺のレストラン・ミヤ・ナンダーで昼食。午後チャーターボートでイラワジ川を渡りマンダレーの対岸上流約11kmの所にあるミングオン(Mingun)へ、牛車に乗り、小さなのどかな村で一番遠い白い寺院ミャティンダン・パゴダ(シンピューメェー)(Mya Thein Tan Pagoda)、ミングォンの鐘(Mingun Bell)、未完の仏塔の跡、現在の高さは50m、レンガ造の未完のプトードォパゴダ(Pahtotawgyi)(完成していれば高さ150mの世界最大のパゴダとなった)の頂上からの絶景を堪能しました。再び牛車で船着き場へ、ボートで左手にマンダレー・ヒルを遠望しながら引き返し、マンダレーの市街地から北東に位置高さは約230mで丘になっているマンダレー・ヒル(Mandalay Hill)へ登りましたが、途中までは専用バスですが、その上はトラックの荷台の板の席に座らせられて山上へ。パゴダにはエスカレーターが設置されていました。下りのエレベーターもありましたが、落日を待って写真撮影をしましたので、階段を歩いて下り、そこからまたトラックの荷台に乗り専用バスに乗り換え、までマンダレー王宮の堀のすぐ近くのレストラン・コーズ・キッチンでマンダレー鍋料理の夕食後、マンダレー屈指のセドナ・ホテルに宿泊。

●1月31日 マンダレー郊外、インワ(Inwa)サガイン(Sagaing)観光。アマラプラの岸辺から渡し船でイラワジ川をまたぐインワ鉄橋を遠望しながらインワ地区に渡り、馬車に分乗し観光。総チーク材造りで有名なバガヤー僧院(Bargayar)、を見た後、インワ城門や城壁の遺構の傍らを通りナンミャージの斜塔マハーアウンミェ僧院(Maha Aungmye)を観光し、同じ渡し船で引き返し今度はインワ鉄橋と併設された新鉄橋を渡り600メートル級の山々が連なる丘に数多くのパゴダや僧院が建つサガイン・ヒル(Sagaing Hill)のパゴダを観光、すぐそばには日本人戦没者の慰霊のパゴダと記念碑を参拝、マンダレー市内に引き返し中華料理の昼食後ミャンマーの建築芸術の粋を集めたマンダレー王宮(Mandalay Royal Palace)を観光。
珍しい木造のシュエナンドー僧院(Shwenandaw Monestery)、730もの小パゴダ群、中には大理石の石版に経文が刻まれたクド−ドォパゴダ(Kuthodaw pagoda) を観光した後、織物工房を見学、夕食は久しぶりに一味違った庶民風のレストラン・ユンナン(YUNAN)にてバーベキューと生ビールで乾杯しましたが店内の大型テレビで運良くサッカーアジアカップの日本の優勝シーンを見ることができました。

●2月1日 エアパガン W9−001便にてタイとラオスの国境地域であると共にアジアでの麻薬生産地の中心シャン州の中にあるインレー湖観光の玄関口、ヘーホー(Heho)へ30分のフライト。着後、牛の市場を見学の後、5日ごとに各地を回って開催される市場が丁度ヘーホーで開催されていたのでそこを観光、専用バスにてシャン高原にあるインレー湖へ。宿泊予定の水上コテージのインレー湖畔のカウンガディン(Khaungdaing Resort)の船着場から専用ボート2隻に分乗、インレー湖(Inle)の遊覧観光、昼食は湖上に浮かぶホテル・ゴールデン・アイランド・コテージズ(Golden Island Cottages)のレストランで。「ジャンピング・キャット」で有名なガーペー僧院(Nga Phe Kyaung)、インレー湖周辺最大の聖地ファウンドーウー・パゴダ(Phaungdawoo)を観光、そこから水路と川を遡りインダー族(Intha)の住むインディン村(Inn Tain)に上陸、長い参道を避けて脇道からシュエ・インディン・パゴダ(Shwe Inn Tain)を観光しましたが強い日差しを避けて屋根のある参道を帰り、再び川を下りインレー湖上へ、インダー族の浮島を観察。夕食はカウンガディンのレストランで民族料理を賞味、水上コテージに宿泊。

●2月2日 奥インレー湖の観光。8時半、昨日と同じ専用ボート2隻に分乗し水上マーケットを見学、昨日の昼食の湖上に浮かぶコテージに寄りトイレを済ませ、いよいよ奥インレー湖に向け9時半に水路に進入。インレー湖は南北22km、東西12kmの湖であるが、その南側に細い水路でつながって奥インレー湖はあります。別名サガー湖(Samkar)と言われる奥インレー湖は最近まで外国人の立ち入りが出来なかったので、素晴らしい遺跡が荒らされずに残っている。サガー湖の標高はインレー湖より少し高いので水路はインレー湖に向かって緩く流れています。水路は浅く水草が生い茂り狭い水路の中でも水草のないより細い隙間を辿りながら遡上して行きました。サガー湖から流れこむ為に湖の手前で水草の集団で完全に塞がり、船の航行できる隙間を20分ほど探しましたが見付からずに水草の中に突っ込みました。しかし完全に座礁、現地の人が二人水草をかき分けながら助けに来ましたがここを突破するのに約40分かかり、やっとサガー湖に12時ごろ到着。12時15分目指すサガー遺跡に上陸、観光の後昼食はサガー遺跡の対岸のダーガオ・パゴダの沖のレストラン、サガー・ゴールデン・アイランド・コテージズ(Samkar Golden Island Cottage)で湖の魚料理。帰りは航路が開けていて下流なので約半分の時間でインレー湖に入り、インポーコン村(In Paw Khon)の蓮の繊維(ロータス・ファブリック)の織物工房を見学、夕刻17時30分ごろ湖上から宿泊のカウンガディンの傍らの丘の上のパゴダが見えてきました。夕食はカウンガディンのレストランでシャン料理でした。

●2月3日 昨夜、悪寒がして発熱、同室の方も風邪をひいたらしく咳をしてよく眠れませんでした。湖上のコテージで夜は寒くそのせいか下痢を併発、幸いにも朝食にお粥があって助かりました。ホテルを出てカロー(Kalaw)の街へ向かう途中でインカゥーンの市場に立ち寄り朝市の賑わいを皆さんは見学しましたが私は体調を整えるためにバスの中で休憩しました。カローの街に到着、宿泊ホテルにチェックイン、丘の中腹のなかなか洒落たバンガロー形式のリゾートで快適でした。昼食もそのホテルのレストランで今までと違って西洋風の牛のステーキでしたが私は下痢気味で同行の方の持参のレトルトのお粥で我慢して、本当に残念でした。そのあとセインタウン・パゴダを訪問。この寺院は、ニーパヤー(竹の仏像)高さ2.5mほどもあるがとても軽く、大人が数人で持ち上げられる重さでミャンマーにはティボーとサレーの街の3体しかないそうです。次にシュエウーミン洞窟寺院(Shwe U Min)、英国植民地時代避暑地だったカローなので英国国教会もありましたが粗末なものでした。夕食も同行の方の持参のレトルトのお粥で我慢して済ませましたので多少体調も回復してきました。

●2月4日 本日はカロー近郊の少数民族の村を訪問。途中のミンカーランソン(Myinka Ranson)の交差点までは専用バスで行き、現地ガイドのキンモーモーイーさんでも難しいそうで、少数民族のガイドのトウンティさんと合流、本来そこからトレッキングで村までの予定でしたがピックアップトラックを雇い荷台に乗り一番奥のパラウン族(Palaung)の住むペイネピン村(Peinebin)まででしたが、トラックで正解、悪路の山道で遠く、途中スタックして少し歩いたりしてやっと辿り着き、村の長老の自宅を訪問、パラウン族の言葉で書かれた古文書等を見せてもらいましたが、それを読んだり書いたり出来るのはこの長老を含め村にはあと数名しか居らずやがて失われるだろうとのことでした。尼僧院のパゴダや尼僧たちの生活ぶりなどを見学、無邪気な子供たちや民族衣装の村の人たちと交流、再びピックアップトラックで引き返し途中ダヌー族(Danu)のミンカ村(Mynka)で民家の部屋で昼食、やっと私の体調も整い添乗員の心の籠った特製いなりと同行の女性の一人がおにぎりを用意して下さって、地元料理のビーフンのスープと良く合い美味しく食べました。

●2月5日 早朝、専用車でヘーホーに引き返しエアパガン W9−001便にてヤンゴンへ1時間10分のフライトで到着。チャイティーヨ山麓へ専用バスで向かう。途中のバゴー(Bago)のシュ−モードウ・パゴダ(Shwemawdaw)の近くのレストランで昼食、大変な混雑で満席、大半のお客はチャイティーヨ・パゴダに向かう観光客、チャイティーヨ山麓に16:00到着しましたがそこからはパゴダは見えません。バスは入れず山頂のホテルに泊まるためにスーツケースは持てずに一夜の着替えなどをザックにいれ、日本の中古ダンプの荷台に板を張り付けて一列6人で8列、合計48人、特別料金を採って助手席に2人で定員は50人、後方に荷物の籠を特設したトラックで途中の参詣の駅まで約30分の曲がりくねった山道を結構なスピードで登り(一方交通のために下りのトラック中間点で離合)、終点の駅に到着、そこからは自国民はトラックに乗ることはできるが外国人は車は使えずに自分で徒歩で登るか輿に乗るかを選択(雇用対策らしい)、現地の人達も料金の問題なのか?徒歩で登る人が多い。私はまだ体調が完全でないので輿に乗りました。約40分で山頂に到着、徒歩組の到着を20分ほど待ち、手前のチェックポイントで胸にかける入場パスを買いホテルにチェックイン、夕食前にホテルのテラスからライトアップされた全面金箔を貼られて黄金色に輝く黄金の大岩が今にも転がり落ちそうな危なっかしい様子で鎮座しているチャイティーヨ・パゴダ(Kyaiktiyo Pagoda)の写真を撮り、ホテルのレストランで夕食。

●2月6日 6時朝食、まだ暗い参道をチャイティーヨ・パゴダの境内に入場、境内の中は現地人の参拝者と観光客で大混雑。パゴダの周りにはお供え物と花がたくさん飾られ熱心にお祈りする信者の姿には感動。朝日に黄金色に輝く荘厳なパゴダを堪能。7時半ごろから下山、山麓からの帰り道の途中、ズーガーデン(Zoo Garden)レストランで動物園を見物した後、庭園内の東屋で最後の皆での会食の昼食。映画「ビルマの竪琴」の背景となる巨大な寝釈迦がある古代都市バゴーの観光、巨大な涅槃佛のシュエターリャウン・パゴダ(Shwe Thalyaung Pagoda)、 チャイプーン四面仏座像(Kyaik Pun Paya)等を観光してヤンゴン空港へ。19:40発のAW306便にてバンコックへ、1時間30分のフライトで到着、成田組は22:35発のTG640便にて帰国、我々2人はここで別れて1:00発のTG648便に帰国、約5時間のフライトで福岡空港へ

●2月7日 8:00福岡空港へ到着、入国、通関時に同行の方がどのポケットにパスポートをしまったのか忘れて多少手間取りましたが散々探し見つけ出して、地下鉄で博多駅迄同行、予定の列車には遅れましたがソニック11号にて大分に11:37到着、無事ミャンマー旅行を終了しました。


ミャンマーは面積約68万ku(日本の約1.8倍)南北2,200km、東西に925km、北部の起伏の多い山岳地帯、中央には乾燥地帯、南部の平坦な肥沃な穀倉地帯のデルタと多様性に富み季節は乾季と雨季に大きく分けられるが中央部は雨季でも雨量は少ないそうです。民族は大分類でも8つ存在するが、小さく分けると135 に及ぶらしい。そして、上記の分布図でも判るとおりに各地に分かれて住み、それぞれの文化や生活習慣を持ち、言葉や文字も異なり国家としての統合は非常に難しいらしい。私は今まで新聞やテレビのニュースで1990年5月の総選挙ではアウンサンスーチーさんが率いる民主勢力が圧勝しながら、なぜ軍事政権側が選挙結果を無視して民主勢力を弾圧するのか理解出来ませんでした。今回の旅行を機会にいろいろ勉強してみると、この民族分布や、過去の民族の興隆の歴史を学ぶにつけ、もし民主派が政権を握ってしまったら多数決の原則からどうしても多数派のビルマ族中心の政治になり、武力による統合力がなければ国家が分裂しかねないし、各少数民族の武装組織がそのまま鉾を納めるとは思われません。ビルマ族を主体とする国軍、軍事政権の危機感につながっているのかが理解できるような気がします。ビルマ族が半分以上を占めているが、同じビルマ族といっても9部族、チン族に至っては53部族、シャン族は33部族、カチン族は12部族と武力により纏めなければなかなか困難ではなかろうかと思い始めました。民主化の正当性は理想ですが、アメリカの宣伝による民主主義が眉唾であることは中東の独裁政権をダブルスタンダードで今まで支えてきて、いざ民衆の蜂起に対応する豹変はアメリカの国益を優先するための方便でしかないことを如実に物語っているような気がします。今回の旅行で感じたことは信心深い民衆で治安は良好、北朝鮮のような密告社会でもなく、私どもを案内していただいたガイドさんや運転手、助手、現地ガイドさんなどの話を聞けば結構軍人の悪口を大っぴらに現地語でも話している様子です。微笑みの絶えない親切な人々のロンジー(腰巻)姿や托鉢に回る茶色の衣の僧侶に喜捨をする民衆の姿、パゴダに祈る敬虔な信者の姿を見ていると、中東のイスラム教国と違い、また中国や北朝鮮などのとも違った上座仏教の国ミャンマーにあった解決方法を見出しそうな印象を強く感じました。

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