アンコール遺跡旅行記


私の人生計画では夫婦同伴で世界旅行でした。しかし老齢で脳梗塞、左半身不自由な母の介護の合間ですので同伴は短期旅行やっとです。以前から妻との約束を棚上げしていたアンコールワット観光が叶いました。遅くなれば母の状態が歳と共に悪化することは目に見えているので、妻の息抜きの為にも早くと思い今回の旅行となりました。丁度、福岡発のセムリアップ直行のチャーター便のツアーに参加出来、観光地区は下図の通りでした。



アンコール遺跡の衛星写真はここをクリックして下さい

● 2月18日 福岡空港発18:00JO8897JALウエイズ直行チャーター便で空路、アンコール遺跡観光の拠点、シェムリアップへ。

● 2月19日 午前、12世紀末、ジャヤヴァルマン7世によって建造されたアンコール・トム(世界遺産)(南大門、バイヨン寺院、象のテラス、ライ王のテラスバプーオン、ピミアナカス、など)を観光、続いてガジュマルの根が建物に覆いかぶさっている
タ・プロム(世界遺産)を観光後レストランでクメール料理の昼食後、ホテルにて小休止。午後は、アンコールワット寺院へ 。参道から第一、第二回廊へと巡り、回廊壁面の優美な浮き彫りや、破風や柱などに施された装飾や彫刻を観光。夕刻にはプノン・バケンの丘から夕陽のアンコール・ワット遺跡を遠望、トンレサップ湖に沈む夕日を眺めましたが、完全に日が沈むと足もとが覚束ないのでまだ明るいうちの下山、夕食はレストランでアジアン・ビュッフェ(カンボジア、タイ、中華料理)。夕食後希望者はナイトマーケットを散策観光しましたが私達は買い物がないのでアンコールハワードホテルに降ろしてもらいそのまま就寝。

● 2月20日 早朝 アンコール・ワットの背後に昇る朝日を写真撮影した後ホテルに帰り朝食、その後バラ色の砂岩に刻まれた精緻なレリーフが残る
バンテアイ・スレイ(世界遺産)を観光、昼食はレストランにて飲茶料理。午後アンコール遺跡群観光、バンテアイ・クディ観光中にスコールに見舞われましたがすぐ上がり(タ・ケオ、崩壊の危機にさらされている仏教寺院、バンテアイ・クディ、王の沐浴場だったと言われるスラ・スランプラサット・クラバン)その後オールドマーケット観光。バイヨンレストランでセットメニユーの夕食。

● 2月21日 
午前、東南アジア最大の湖、 トンレサップ湖遊覧観光。魚介類の豊富な湖で水上生活を営む人々の暮らしぶりを観光。帰りの途中天然ゴムの寝具のお店で見学 終了後足つぼマッサージを経験。昼食はレストランでフランス料理。午後は最古のアンコール遺跡ロリュオス遺跡群へ。インドラヴァルマン1世が両親の菩提を弔うために建てたプリア・コー寺院やピラミッド型寺院であるバコン女神デヴァターなどの彫刻が残るロレイ祠を見学。夜スペシャルイベント 神秘の祭典「アンコール・ナイト」ライトアップされたアンコール・トム内のバイヨン寺院でクメール料理とビュッフェディナーをとりながら伝統舞踊「アプサラの舞」等をを鑑賞。ホテルに帰り、入浴シャワーを浴びて小休止、深夜セムリアップ空港へ。

● 2月22日 深夜01:10 シェムリアップ発JO8898JALウエイズ直行チャーター便で空路 福岡空港へ07:35到着

トンレサップ湖付近に住みついたクメール人はラオス南部から南下してきたらしい。インドシナとの呼び名から、インドと中国の文明がこの地で土着の文化と坩堝の中のように入り交じり独特の文化を形成した。一般的に征服民族は被征服民族を奴隷化するものだが、ここの水と太陽と肥沃な土地のある環境は楽観的なものの見方を培い、水に対する信仰と豊作を司る地母神信仰の土着文化を積極的に受け入れ、インドや中国からの外来文化と融合、カンボジア国家成立の伝説を生んだものと思われる。その伝説とはインドを追われた王子が半人半蛇神の美しい王女ソマーと結婚して国を興した。王女の父はナーガラージャ(蛇王)だったというものである。これはこの土地にメコン河に起因すると思われるナーガ(蛇神)信仰がもととなっている。メコン河はクメールの運命の全てである。このような自然環境から地母神ナーガ(蛇神)の信仰が生まれた。ナーガは日本では竜神である。水と豊穣を意味する蛇と竜に対する信仰は河川に農業と物流を依存する東アジア特有の信仰であり蛇はインドを源とし、竜は中国を源とする。富を生む余剰生産物が農業だけの世界にありながらこれだけの芸術的優美な巨大石造建造物を創作する原動力は宗教的な情熱以外には考えられない、とても奴隷労働では不可能である。クメール人の宗教観の背景には水信仰と五穀豊穣への強烈素朴な願望が脈々と流れていて、明るい現世利益を願う農耕社会の原型を見たような気がしました。



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