アンコール・ワット(Angkor Wat )


12世紀前半、アンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世が、ヒンドゥー教寺院として三十年余の歳月をかけて建立したものである。境内は東西1500メートル、南北1300メートル、幅200メートルの濠で囲まれ周壁は東西1030メートル、南北840メートルでラテライトにより築かれている。クメール語でアンコールは都市、ワットは寺院を意味する。大伽藍と美しい彫刻からクメール建築の代表作とされ、カンボジア国旗に象徴として描かれている。1431年頃に放棄されプノンペンに王都が遷ると、一時は忘れ去られたが、アンチェン1世は1546年から1564年の間に未完成であった第一回廊北面とその付近に彫刻を施した。孫のソタ−王は仏教寺院へと改修し、本堂に安置されていたヴィシュヌ神を四体の仏像に置き換えたという。

 

       アンコールワットの衛星写真                                  遺跡全体の平面図



参道は、石橋で環濠を渡る。石橋には乳海攪拌の蛇神ナーガの欄干で縁取られていたが、今は見られない。中程には石段の船津がある。橋を渡ると周壁と西大門へ至る

 

前庭は南北にそれぞれ経蔵と聖池があり、参道から外れると聖池はその水面に堂宇を映し出す。



前庭を越えると三重の回廊に囲まれ五つの祠堂がそびえる。第一回廊は東西200メートル、南北180メートルで、多くの彫刻が施されている。

  

西面北には、ラーマーヤナの説話が幾つかあり、特にラーマ王子と猿がランカ島で魔王ラヴゥアーナと戦う場面が大きい。

  

アプサラダンス(天女の舞)の浮彫

 

十字回廊は四つの中庭を囲んでおり、かつて中庭は雨水を湛え、参拝者はそこで身を清めたという。              中央神殿の高さは65m       

 

 

第一回廊のヒンドゥー教の天地創造神話「乳海攪拌」を描いた50m程もある壁画。中央にヴィシュヌ神、それを両側からデーヴァ(善)神々とアスラ(悪)神々がヴァースチ(大蛇)の胴体を綱引き「海中攪拌」が1000年も続き、海は乳海となり、そこからアプサラやラクシュミー神(ヴィシュヌ神の妻)が産まれ、最後に不老不死の薬「アムリタ」が出来たという神話。



アンコールワットの背後に昇る朝日

 

黎明のアンコールワット                                        日の出のアンコールワット

 

    朝日を浴びる西塔門                                西参道正面、観光客を出迎えるミニバスの列

ヒンズー教の神々は日本人にはあまり縁のない神々だと思っていたが勉強してみると意外と縁のあることがわかった。 これは日本へ渡来する前の仏教が
ヒンズー教と混淆、仏の守り神として仏教に摂り入れられていたようである。因みに仏教の自在天はヒンズー教のシヴァ神 (破壊と創造の神)、
帝釈天はインドラ神 (雨と雷の神)、韋駄天はスカンダ神 (軍の神)、梵天はブラフマー神 (知恵の神)、歓喜天はガネーシャ神 (学問の神)、
弁財天はサラスヴァーティ神 (河川の神)、毘紐天はヴィシュヌ神 (豊穣の神)らしい。


アンコールトム 、タ・プロム パンテイアイ・スレイ 、ロリオス以外のアンコール遺跡群 トンレサップ湖  、アラカルト   遺跡の衛星写真


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