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士 幌 線 1(帯広ー上士幌)
士幌線2(萩ヶ丘−十勝三股)


国鉄監修「交通公社の時刻表」1986年12月号より転載


あくまでも列車代行バスなので、列車は十勝三股行きです/今もアーチ橋が多数残っています。


三の沢橋梁。道床から木が生えています/キタキツネが出没します


木と草に埋め尽くされた線路跡。旧幌加付近




1925.12.10 帯広−士幌間開通
1926.7.10  士幌−上士幌間開通
1935.11.26 上士幌−清水谷間開通
1937.9.26  清水谷−糠平間開通
1939.11.18 糠平−十勝三股間開通で全通
1955.8.1   清水谷−幌加間糠平ダム建設のため線路付替、糠平駅移転
1978.12.25 糠平−十勝三股間バス代行
1987.3.23  全線廃止

 根室本線の帯広を出発して北に向かい、しばらくは十勝平野を走り、萩ヶ岡あたりから山がちになり、清水谷から急勾配を上って糠平湖が見えると糠平に到着し、ここで列車代行のマイクロバスに乗り換え、雪道を走ること30分で終点の十勝三股に到着しました。ここにはバスターミナルとバス運転士の田中康夫さん(58歳くらい−1984年当時40歳)が経営するドライブイン兼雑貨屋「三股山荘」、簡易郵便局、そして十勝三股駅の廃墟しかありませんでした。このように平野、山間部、人造湖、そして代行バスといろいろ変化を楽しめる路線でした。

 士幌線は十勝平野北部を開拓する目的で1921年10月より測量が始まり、翌22年に着工され、上士幌以北は1922年改正鉄道敷設法の「141 十勝国上士幌ヨリ石狩国「ルベシベ」ニ至ル鉄道」に沿って建設されました。十勝三股から先は石北本線上川(石狩国「ルベシベ」は上川のこと)への予定線でしたが工事線に昇格することはありませんでした。
 戦後、電源開発(株)が糠平ダムを着工したため士幌線のルート変更が必要となり、清水谷−幌加間の線路が付け替えられ、糠平駅は温泉近くに移転しました。

 糠平ダム建設に伴い清水谷−糠平間に電源開発の事務所及び職員住宅が出来たため駅設置が必要となりましたが上り勾配がきついため同所に駅を設置出来ず、約500メートル帯広寄りに1956年12月25日黒石平が設置されました。一方、事務所付近も下り勾配の上り列車なら停車出来ると1963年11月1日に電力所前仮乗降場が設置されましたが、交通公社の全国版の時刻表には上下列車が黒石平に停車するようになっており、運賃も黒石平の営業キロ・換算キロを使っていました。事実、1987年2月に乗った際、「糠平から電力所前」の車補を買おうとしたところ、「それは売れない」と言われ、「糠平から黒石平」で発行されました。

 1960年代前半までは温泉客と原木輸送でにぎわったものの1965年頃から原木輸送は低下の一途をたどり、1975年9月に0となり、温泉客も道路が整備されマイカーと貸切観光バスが主流となりました。1976年には十勝三股駅付近の集落がそっくり無くなり、糠平−十勝三股間は1日の乗客数が1桁という惨憺たる状態になりました。それでも列車を動かすには、特に冬季は除雪費用がかさみ、春先には雪崩の危険がありパトロールを欠かせませんでした。
 そのような中で当時の釧路鉄道管理局は平行道路があるので自動車輸送に切り替えるほか無いとの結論となりましたが国鉄バスが肩代わりするほどの輸送量も無く、上士幌町との交渉の結果、地元の上士幌タクシーが白ナンバーのマイクロバスを運行することとなり、札幌陸運局・帯広陸運事務所(現在は前者が運輸局、後者が運輸支局)も赤字路線代替バスと同じとみなして道路運送法101条を適用して認め、1978年12月25日より列車代行バスが走り始めました。
 代行バス化により赤字が減少し、1980年に始まった「いい旅チャレンジ20,000km」の影響もあって、対象には含まれなかったものの士幌線踏破のついでに乗車する人が増えました。作者も1985年と1987年のいずれも2月に乗りましたが、大学の春休みのせいもあって満員に近かったです。

 黒石平にあった電源開発の事務所及び職員住宅は不便すぎるため1977年から78年にかけて上士幌に移転し、同駅付近は無人地帯になりました。建物そのものはまだ使えるので上士幌町が譲り受け、青少年向けの簡易宿泊施設としました。この際、黒石平及び電力所前を廃止しようとしたところ、足が無くなると町に反対されたそうですが、実際にはほとんどはマイカーか貸切バスだったでしょう。

 国鉄再建法による特定地方交通線選定の際には基準期間の平均輸送密度が493名だったため第2次廃止対象に選定され1987年3月23日に廃止、十勝バス、北海道拓殖バス、上士幌タクシーに転換されました。現在も上士幌タクシーは糠平−十勝三股間にバスを1日1往復運行しています。

 現在の十勝三股はすっかり整地されています。また旧士幌線沿線には多数のコンクリートアーチ橋が残っており、北海道遺産や国の登録有形文化財に指定されています。「特定非営利活動法人 ひがし大雪アーチ橋友の会」が保存事業を行っています。詳細はHPを参照してください。

 館長さんのHP「旅人談話室すたんぷのーと」の「鉄道趣味の部屋」の「十勝三股の話」に2000年5月の、小原輝昭さんのHP「街と鉄道」のA-24-01.士幌線・十勝三股[廃線]に2002年8月の十勝三股の様子が出ています。

乗車 1985.2.21、1987.2.20  1994.9.8・9レンタカーで沿線を走行。


駅名  起点からのkm 開駅年月日


(帯広) 0.0


木野 4.4 1925.12.10





音更 10.0 1925.12.10





駒場 15.6 1925.12.10





武儀 18.4 1956.12.25





中士幌 22.5 1925.12.10





新士幌(仮)





士幌 30.1 1925.12.10







1994年9月 士幌町の史跡として保存されていますが、廃止年の昭和63年は62年の誤りです。







北平和 34.4 1957.12.25





上士幌 42.4 1926.7.10






1994年9月 交通公園になり、客車が保存されています。窓ガラスが全部割られてしまったため、ベニヤ板でふさいであります。2002年にも現存していますが、屋根が一部抜けるなどだいぶ荒れがひどいそうです。




士幌線2(萩ヶ丘−十勝三股)


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