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瀬 棚 線


国鉄監修「交通公社の時刻表」1986年12月号より転載

1929.12.13 国縫−花石間開通
1930.10.30 花石−今金間開通
1932.11.1  全通
1987.3.16  全線廃止。

 渡島半島の付け根を2つの海、すなわち噴火湾と日本海を結び、大きな町が今金、北桧山、瀬棚と終点付近の今金−瀬棚間に集中しているためこの区間の輸送量が多く、今金−瀬棚間の区間列車が設定されていた珍しい路線でした。函館−瀬棚間に快速「せたな」が走っており、下りの長万部−瀬棚間、上りの瀬棚−国縫間は普通で、下りはいったん長万部へ行き、折り返して瀬棚線に入っていました。以前は快速区間は急行「せたな」として運転され、瀬棚線廃止後は快速「アイリス」として函館−長万部間に運転されました。
 瀬棚は漁港として発展したため町が港を中心として発展し、奥尻島へのフェリー乗り場もありますが、瀬棚線はあまり観光には利用されていないようでした。

 瀬棚線は1922年改正鉄道敷設法制定以前に計画され、国鉄により花石、今金、1932年に瀬棚まで全通しました。なお同法別表には「130 胆振国八雲ヨリ後志国利別ニ至ル鉄道」がありました。函館本線八雲と今金町か北桧山町に利別というところあり、そことを結ぶ計画でしたが、建設促進の動きは無かったようです。

 1968年の赤字83線に名を連ね、国鉄再建法による特定地方交通線選定の際にも基準期間の平均輸送密度が813名だったため第2次廃止対象に選定されました。もともと平行バスが無く、地元でもどの程度バスを信頼できるのかわからなかったが、国鉄分割民営化の動きの中で、新会社(JR)は特定地方交通線を引き継がないこととなっていたため(その後、JR化後3年以内に転換すればいいことになりました)、JR発足直前の1987年3月16日に廃止され、函館バスに転換されました。

乗車 1985.2.28、1987.2.26

駅名 起点からのkm 開駅年月日

(国縫) 0.0

茶屋川 5.6 1929.12.13
 

美利河 12.2 1929.12.13
 

花石 16.8 1929.12.13
 

北住吉 22.7 1956.12.25


種川 25.8 1930.10.30
 

今金 30.6 1930.10.30
     「今金が入る」駅をキャッチフレーズに、縁起きっぷを売っていました。
 

神丘 33.9 1961.10.1
 

丹羽 37.4 1932.11.1
 



北檜山 43.0 1932.11.1 東瀬棚
          1966.10.1 改称
 



瀬棚    48.4 1932.11.1
 

 

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