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七 尾 線(穴水−輪島)

1935.7.30 穴水−輪島間開通
1991.7.1  七尾−輪島間のと鉄道に移管(のと鉄道は第2種鉄道事業者、JR西日本は七尾−和倉温泉間が第1種、和倉温泉−輪島間が第2種)
2001.4.1  穴水−輪島間廃止

 国鉄再建法による赤字ローカル線廃止後初の第三セクター移管となりました。それまでと違い転換交付金制度がなくなったため、和倉温泉−輪島間はJR西日本が第3種鉄道事業者として施設を保有し、旧能登線を引き継いだのと鉄道が第2種鉄道事業者として運営することになり、七尾−和倉温泉間は引き続きJR西日本が第1種鉄道事業者となったため、この区間は2社が運営する区間となりました。同時に津幡−和倉温泉間が直流1500V電化されました。
 1999年5月21日に鉄道事業法が改正されて1年以上前に運輸省(現国土交通省)に廃止届を提出すれば地元との協議が整わなくても廃止出来る事となったのを受けて、2001年4月1日に青森県下北交通と共に廃止となりました。

 2005年3月23日、能登線廃止に伴い、撮影と乗車のため能登に行ったので、輪島から穴水まで廃線跡に沿って走行しました。輪島駅付近で線路跡が住宅になった他はほぼ完全に路盤が残っていましたが、レールと鉄橋は撤去されていました。トンネルも入り口がふさがれていましたが、これも残っていました。輪島駅は道の駅「ふらっと訪夢(ほうむ)」に、能登三井駅は「サロン杜の駅」になっていました。

1984年5月3日乗車  2005年3月23日廃線跡に沿って走行。

穴水駅からしばらくは能登線と平行していましたが、能登線も2005年4月1日で廃止になりました
踏切部分のみ七尾線の線路が残っています

橋脚が残っているのは、取り壊すと金がかかるからでしょう(穴水‐能登三井間) 一部鉄橋および線路が残っています(穴水‐能登三井間)

穴水町側では線路が残っています(穴水‐能登三井間)
踏切部分は線路がアスファルトで埋められています(穴水‐能登三井間)

アスファルトの下に線路が埋まっているのが見えます(穴水‐能登三井
間)
ここではトンネルが鉄板でふさがれています(穴水‐能登三井間)

能登三井駅の北側に残る99キロポスト。線路はJR西日本のものなので、津幡起点のキロポストをそのまま使っています 道路の下から跡地山トンネルが顔を出し、すぐ鉄橋になります(能登三井‐能登市ノ瀬間)

跡地山トンネルを出た鉄橋はここにつながっています(能登三井‐能登市
ノ瀬間)
跡地山トンネルの反対側出口で、こちらもすぐ鉄橋になります(能登三井
‐能登市ノ瀬間)

道路に転用されたところもあります。(能登市ノ瀬‐輪島間) 輪島駅付近では線路跡にアパートが建っています。

駅名  起点からのkm 開駅年月日

(穴水) 0.0

能登三井 11.0 1935.7.30

1984年5月


2005年3月 リニューアルされ、サロン「杜の駅」として営業しています。






能登市ノ瀬 16.0 1935.7.30

2005年3月  線路と駅名表は無かったものの、それ以外の駅舎やホームは残っていました。駅舎とホームの間が空いているのは、貨物の引込み線があったからでしょう。




輪島 20.4 1935.7.30

1984年5月 後ろの建物は輪島市文化会館です


2005年3月 道の駅「ふらっと訪夢」にかわっていました。正面入り口を入って文化会館との間のところにレールやホーム、駅名標がモニュメントとして残されています。




隣がシベリアと言うのが雄大ですね。 上のディーゼルカーの写真の裏側はこうなっています。壁が枕木で作られています。


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