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宮 原 線


国鉄監修「交通公社の時刻表」1984年12月号より転載


1937.6.27 恵良−宝泉寺間開通
1943.9.1  営業休止
1948.4.1  復活
1954.3.15 宝泉寺−肥後小国間開通
1984.12.1 全線廃止

 「みやのはる」線と読みます。1922年改正鉄道敷設法別表「113 佐賀県佐賀ヨリ福岡県矢部川、熊本県隈府ヲ経テ肥後大津ニ至ル鉄道及隈府ヨリ分岐シテ大分県森付近ニ至ル鉄道」に沿い、豊後森(恵良)より熊本県隈府(菊池市付近)を目指して建設されました。「佐賀県佐賀ヨリ福岡県矢部川」は佐賀線(現廃線)として開通し、矢部川は現在の鹿児島本線瀬高です。
 戦時中レールや橋桁が不足したため、重要度が低いとみなされ1943年営業休止となったばかりか同時に未開業だった宝泉寺−麻生釣間もレールを撤去されました。宝泉寺までは1948年に復活したものの肥後小国までの全通は1954年まで持ち越されました。
 1968年の赤字83線にも名を連ね、国鉄再建法による特定地方交通線選定の際にも基準期間の平均輸送密度が164名と九州最小だったため第1次廃止対象に選定され、結局バス転換となりました。
 起点は恵良ですが、全列車豊後森発着です。肥後小国の1つ手前の北里は細菌学者の北里柴三郎の出身地であり、北里文庫があります。肥後小国の駅舎は廃線後すぐ撤去されました。恵良の次の町田は横浜線に同名の駅がありますが、横浜線のほうは以前は「原町田」で、1980年4月1日に改称されました。

乗車 1984.9.15


駅名 起点からのkm 開駅年月日


(恵良)   0.0


町田    4.7 1937.6.27




宝泉寺   7.3 1937.6.27
線内唯一の交換駅で、腕木式信号が活躍。





麻生釣  14.8 1954.3.15




北里   22.5 1954.3.15




肥後小国 26.6 1954.3.15



21歳当時の作者です/宝泉寺が交換駅といっても、この列車本数では・・・



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