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宮 田 線


1902.2.19  九州鉄道勝野−宮田(後の桐野)間貨物支線として開通
1907.7.1   国鉄買収
1909.10.12 現在までつながる「国有鉄道線路名称」が制定され、筑豊線の部筑豊本線の貨物支線となる。
1912.7.21  桐野線に改称、旅客営業開始。
1937.8.20  宮田線に改称
1989.12.23 全線廃止

 線名は「みやだ」線、終点の筑前宮田は「ちくぜんみやだ」と読みます。磯光−筑前宮田間にあった大露天掘りで有名な貝島炭鉱と共に盛衰し、小型のコッペル機が専用線を走り、人気を集めました。
 国鉄再建法による特定地方交通線選定の際には基準期間の平均輸送密度が1559名だったため本来であれば第1次廃止対象となるところでしたが、北九州出身の当時の田中通産大臣が抵抗し、「運用上、'85年度までの転換対象から輸送密度2000人以上となることが確実な線は除外する」との規定が設けられ、将来団地が出来るので輸送密度が2000人を超えることが確実とのことで、第2次廃止対象にもならず特定地方交通線からも逃れました。
 実際には輸送密度が増えるどころか、1986年度には輸送密度が635人に落ち込み、同年に第3次廃止対象に選定され、1989年12月23日廃線、JR九州バス及び西鉄バスに転換されました。

 2002年11月28日に勝田線のところに書いた合唱団のイベントに参加するため福岡へ行った際、宮田線の廃線跡に沿って走ってみました。磯光付近が道路になった以外はほとんど線路跡が残っていました。

乗車 1985.8.12  2002.11.28マイカーで沿線を走行



勝野駅新旧 1985年8月/2002年11月


勝野駅西方に残る宮田線の踏切 奥は筑豊本線/さらに西方に残る宮田線の鉄橋 奥は福北ゆたか線817系電車


磯光の手前から廃線跡は道路に変身/筑前宮田の手前から再び廃線跡が現れ、そのまま駅へ


駅名 起点からのkm 開駅年月日


(勝野)   0.0


磯光    2.6 1912.7.21
地元の人の話では、右の写真が磯光駅跡だそうです。





筑前宮田  5.3 1902.2.19 宮田
          1904     桐野に改称
          1937.8.20 改称







現在の筑前宮田です



駅舎は撤去され、バス停になっています/ホームが残っています


町の中心部に「宮田町」バス停があり、そこから多数のバスが出ています/バスはたった1本だけです(下は空白)


平成2(1990)年3月というと、バス転換直後に寄贈されたものです


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