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倉 吉 線


1912.6.1   倉吉軽便線上井(現倉吉)−倉吉(後の打吹)間開通
1922.9.2   倉吉線に改称
1941.5.17  倉吉(後の打吹)−関金間開通
1958.12.20 関金−山守間開通で全通
1985.4.1   全線廃止

 山陰本線建設の際、「汽車が通ると町が煤ける」と市街地通過に反対したため町外れに上井駅を開設したが、その不明に気づいた地元が一転して誘致したのが倉吉軽便線で、当時の軽便鉄道法に基づき国会の決議は不要で部内審査で建設出来たローカル線の1つです。
 その後、1922年の改正鉄道敷設法別表89「岡山県勝山ヨリ鳥取県倉吉ニ至ル鉄道」に基づき姫新線中国勝山を目指して延長しましたが、山守でストップしました。中国勝山−山守間は南勝線(なんしょうせん)として工事線に昇格したものの、国鉄再建のため工事中止になりました。
 1968年の赤字83線にも名を連ね、国鉄再建法による特定地方交通線選定の際にも基準期間の平均輸送密度が1,085名だったため第1次廃止対象に選定され、結局バス転換となりました。
 1972年1月10日に山陰本線に倉吉を示したいと上井を改称した際、旧倉吉は近くの城址公園にちなんで打吹と改称されました。

 終点の山守は何も無いところで、よくこんなところに駅を作ったものと思いましたが、中国勝山に向けて延長するつもりだったので仮の終着駅だったのでしょう。
 レイルウェイ・ライターの種村直樹さんが1979年の国鉄全線完乗に向けて未乗線区を整理していたところ、関金−山守間に乗ったかどうか自信が無く、鳥取出身の奥さんに聞いたら「確か何も無い終着駅まで付き合わされた」と証言したうえ、山守駅で撮影したキハ07のステップにぶら下がった写真が出てきたので未乗線区から除外出来たとのエピソードがあります。


倉吉駅で見かけたさよなら記念行事のお知らせ


乗車 1985年3月29日


駅名 起点からのkm 開駅年月日


(倉吉)   0.0


上灘    2.4 1912.10.1−大正元年




打吹    4.2 1912.6.1 倉吉−明治45年
          1972.1.10改称




西倉吉   6.8 1941.5.17




小鴨    8.8 1941.5.17




上小鴨  10.6 1941.5.17


関金   15.2 1941.5.17

右隣の駅はなんと読めばいいのでしょうか?ローマ字のほうはこれでは「たいくうじ」ですね。正しくは「たいきゅうじ」「TAIKYUZI(Uの上に横棒)」ですね。




泰久寺  18.2 1958.12.20




山守   20.0 1958.12.20




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