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興 浜 北 線


国鉄監修「交通公社の時刻表」1984年12月号より転載

1936.7.10 全線開通
1944.11.1 営業休止
1945.12.5 復活
1985.7.1  全線廃止。

 稚内から網走までを結ぶ「オホーツク本線」約335kmのうち、雄武−北見枝幸間約51kmが未完成で、ここが開通すれば全通でしたが、国鉄再建の嵐の中で1980年工事中止となり、そればかりか興浜南北両線が第1次廃止対象、天北線、名寄本線、湧網線が第2次廃止対象となり、1989年5月1日までに全部廃線となり、南稚内−網走間の鉄道は消滅してオホーツク本線の夢は消えてしまいました。

 1922年改正鉄道敷設法別表に「145 北見国興部ヨリ幌別、枝幸ヲ経テ浜頓別ニ至ル鉄道及幌別ヨリ分岐シテ小頓別ニ至ル鉄道」が規定され、1933年6月に南北両方から着工し、1935年9月15日に興浜南線が開通したのに続き、1936年7月10日に開通しました。戦時中、レールや橋桁が不足したため、重要度が低いとみなされた線区を営業休止してレール等を転用したのに伴い、両線とも1944年11月に営業休止となり、終戦直後の1945年12月5日に復活しました。ずいぶん早いと思われますが、営業休止して線路を撤去したものの、輸送手段の問題か他に転用されずに残っていたためすぐ再敷設出来たのでしょう。
 雄武−北見枝幸間は1960年に建設線に昇格し、1964年以降日本鉄道建設公団が工事を続け、1980年の工事中止の時点で雄武から21km北の音標までほぼ完成していました。

 1968年の赤字83線には両線とも名を連ねました。雄武−北見枝幸間の工事を行っているのに不思議な気もしますが、赤字83線の取組と日本鉄道建設公団の新線建設は無関係に行われたためです。
 国鉄再建法による特定地方交通線選定の際にも基準期間の平均輸送密度が190名だったため第1次廃止対象に選定されました。地元では興浜南線、美幸線と共に未成線の開通及び第三セクター化を主張しましたが、1984年12月7日、北海道知事の諮問機関である「北海道運輸交通審議会」が上記3線及び相生線美幌−津別の第三セクター化について、沿線人口が少なく、マイカーの普及、道路網の整備により鉄道輸送の需要は少なく採算の見通しが困難であり、関係自治体の大きな財政負担を招くとしてバス転換を促す答申をしました。これを受けて横路道知事は特定地方交通線についてすべてバス転換する方針を打ち出しました。また、岩内線がバス転換の方針を打ち出したことも影響しました。
 1985年6月30日を最後に廃線となり、翌7月1日から宗谷バスに転換されました。

 作者が最初に訪問したのは1985年2月16日で、音威子府4時20分発の朝一番の721Dで浜頓別に5時32分に到着し、興浜北線北見枝幸行き921D(本来なら5時42分発)を切り離して5時48分に出発した後に921Dが運休してしまい、結局7時48分発723Dで稚内に向かいました。一緒にいた人が「どうせなら721Dが出る前に921Dを運休してくれ」と口々に怒っていました。しかもキオスクも商店も開いておらず、結局稚内に着くまで何も食べられませんでした。これを教訓に前の晩にパンを買っておくことにしました。結局改めて2月19日に乗りました。北海道の雪のものすごさを思い知った次第です。

 1999年8月24日、マイカーで天北線及び興浜北線の廃線跡に沿って走行しましたが、ろくに下調べ等をしていなかったため豊牛及び斜内に駅舎が残っていることを知らずに通り過ぎてしまい、結局写真を撮ってあったのは問牧と北見枝幸だけでした。やはり下調べは大事ですね。改めて訪れてみようと思っています。

乗車 1985.2.19  1999.8.24マイカーで廃線跡に沿って走行

駅名 起点からのkm

(浜頓別) 0.0

(仮)頓別 2.7 1956.2.26


豊牛 7.0 1936.7.10


(仮)豊浜 10.3 1956.2.26


斜内 12.4 1936.7.10


目梨泊 17.7 1936.7.10


(仮)山臼 19.8 1956.2.26


問牧 23.1 1936.7.10


1999年8月 コミュニティーセンターになっています
 

北見枝幸 30.4 1936.7.10
 
 

1999年8月 駅跡は公園として整備され、交通ターミナル(バスターミナル)とスーパーマーケット「西條」が出来ています。旧駅前にある食堂は現在も「駅前食堂」として健在です。交通ターミナル2階には興浜北線記念館が作者が訪れたときにはありましたが、現在はなくなったそうです。


 
 

 
駅前食堂/交通ターミナル

 
興浜北線記念館の展示品

北見枝幸駅跡から国道の下をくぐる跨線橋までの線路跡は興浜線通として道路に転換されています。
 

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