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香 月 線


国鉄監修「交通公社の時刻表」1984年12月号より転載



1908.7.1 全線開通
1985.4.1 全線廃止

 典型的な運炭路線で、1960年代前半までは重要な役割を果たしていましたが、エネルギー革命に伴い1965年には沿線の炭鉱は閉山し、1968年には赤字83線に名を連ね、国鉄再建法による特定地方交通線選定の際にも基準期間の平均輸送密度が1,293名だったため第1次廃止対象となり、バス転換となりました。

 赤字83線に名を連ねた当時、中間市議会は香月線が南北に横断し都市計画、道路計画でも阻害要因になっていたので廃線にして自動車輸送に切り替えるのが適当であると決議しました。 さらに新手駅付近の住民が廃止請願を出しました。これは旧坑道が地下に網の目のように張り巡らされているため地盤沈下が激しく、香月線のガード下では自動車も通行出来ないほどに下がり、しかも家屋や道路は鉱害復旧事業によりかさ上げ工事に補助金が出るのに、鉄道は対象外でした。その後の国鉄再建法による特定地方交通線転換の際にも廃止反対運動に目玉が無く盛り上がらず、沿線は北九州市のベッドタウンとなりつつありましたが、中間経由で遠回りだった上、すぐ近くを黒崎へ直通する筑豊電鉄が走っていたのでこれが実質的な代替交通機関だったようです。1984年1月までは下り1番の回送を含め朝の3往復は客車でしたが、合理化によりすべて気動車に置き換えられました。

 香月は北九州市にありますが、飛び地ならぬ飛び駅のため「[九]北九州市内の駅」からは除外されていました。1955年に旧香月町が旧八幡市に編入され、さらに1963年八幡市、小倉市等5市の合併により北九州市が発足しました。

乗車 1984.12.29


駅名 起点からのkm 開駅年月日


(中間)   0.0


新手    1.3 1912.1.7 貨物駅
          1937.7.20客扱い開始





岩崎    2.7 1908.7.1  貨物駅
          1919.12.11客扱い開始




香月    3.5 1908.7.1 貨物駅
          1911.1.21客扱い開始




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