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片 町 線(京橋−片町)



1895.8.22  浪速鉄道片町ー四条畷間開通。
1897.2.3   関西鉄道に譲渡
1907.10.1  国鉄買収
1910.10.12 現在までつながる「国有鉄道線路名称」が制定され、関西線の部片町線となる。
1912.4.21  城東線京橋駅の下に片町線の乗降場「京橋口」を設置。正式には「片町駅京橋口」と称し、京橋駅長が管理していました。
1913.11.15 「片町駅京橋口」駅を京橋駅に統合。
1997.3.8   廃止

 JR東西線開通と引き換えに、片町線(学研都市線)京橋−片町間0.5km間が廃止になりました。通常の考え方なら片町駅を地下に移したうえでJR東西線につなぐと思うのですが、片町駅がそれほど重要ではなかったのかも知れません。今でも線路名称は片町線のままなので、廃止になった終着駅の名前が線名に残っています。似たようなケースで、起点と終点駅から1字ずつ取ったのに、末端区間が廃止されてつながらなくなった札沼線があります。「沼」は留萌本線石狩沼田駅のことで現在も健在です。厳密に言うと、札沼線の起点は札幌駅ではなく1駅小樽寄りの桑園駅ですが。

 京橋駅で接続する現大阪環状線は1895年10月17日に大阪鉄道(→関西鉄道→国鉄城東線)が玉造−梅田間を開通させ、このときに京橋駅を開業していますが、浪速鉄道に京橋駅はありませんでした。
 関西鉄道合併後、1898年4月12日に長尾まで、6月4日には新木津まで延長され、9月16日に木津まで全通しました。1932年12月1日、関西国電のトップを切って片町−四条畷間が電化され、続いて1950年12月25日に四条畷−長尾間が電化されましたが、木津まで全線が電化されたのは平成になった1989年3月11日で、実に全線電化まで56年余りを要しました。非電化区間には1933年からガソリンカーが投入され、全線電化直前には亀山機関区(→運転所、現亀山鉄道部)の一般型および急行型気動車で運転され、運がいいとキハ28形2000番台が入り冷房が使用出来ました。
 全線電化と同時に長尾のひとつ木津寄りに松井山手駅が設置され、同時に四条畷−松井山手間が複線化されました。当初は103系が投入され、木津に直通する電車は一部車両を松井山手で増解結していました。この関係で中間車(モハ102)であるのに簡易運転台および自動解結装置を装備しているものがありました。
 JR東西線開業に当たって207系に置き換えられ、さらに2002年3月23日に高速化・輸送力増強工事が完成し、増解結駅が京田辺駅に変更されました。

乗車 1986.9.13




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