Sorry, Japanese only

最終更新:2011年12月17日

旧標津線 旧根室標津駅(北海道)

1985年2月(現役時代)
1993年8月(廃止後4年3ヶ月)


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お知らせ

 アメーバブログに、「鉄道いろいろ」を開設しました。ローカル線や廃駅のみではなく鉄道全般がテーマです。

目 次

更新履歴 リンク 参考法令 参考資料

 
北海道 東北 関東 中部 近畿 中国・四国 九州

 1980年12月、赤字がかさんでいた日本国有鉄道を再建するため国鉄再建法が制定され、輸送密度が4000人未満の地方交通線は廃止されることになり、1983年10月23日に白糠線が廃止されたのを皮切りに、1990年4月1日に大社線、鍛冶屋線がバス転換、宮津線が北近畿タンゴ鉄道に転換されたのを最後に45線がバス転換、38線が第三セクターまたは民鉄に転換されました。このほか特定地方交通線ではありませんが、1981年4月1日の福知山線塚口−尼崎港間(通称尼港線)をはじめ7線区8区間が廃止され、1994年5月16日に函館本線砂川−上砂川間、1995年9月4日に深名線、1997年3月8日に片町線京橋−片町間、1997年4月1日に美祢線南大嶺−大嶺間、1997年10月1日に信越本線横川−軽井沢間、1998年4月1日に青森県弘南鉄道黒石線が旧国鉄特定地方交通線転換路線廃止の1番手として廃止され、1999年5月21日に鉄道事業法が改正されて1年以上前に運輸省(現国土交通省)に廃止届を提出すれば地元との協議が整わなくても廃止出来る事となったのを受けて、2001年4月1日に石川県のと鉄道穴水−輪島間と青森県下北交通が廃止されました。
 このほか線区自体は健在なものの駅のみ廃止になったところもあります。

 1980年3月15日、当時の国鉄が乗りつぶしのキャンペーン「いい旅チャレンジ20,000km」を始め、僕も同年7月より常磐線を手始めにスタートし、1990年3月10日、京葉線市川塩浜-西船橋間を最後に全線完乗を果たしました。ちょうど大学生時代にかかっていたためこの間にかなり乗ることが出来、特に廃止対象路線に優先的に乗ったため現役時代の駅名標や駅舎などを写真に残すことが出来ました。
 このホームページでは、1980年以降に廃線またはバス転換となって消えていった駅の現役時代の写真を地方別・線区別に載せています。たいていの駅は駅名標だけですが、駅舎も撮った駅はその写真も、廃線後に車で廃線跡に出来るだけ沿って走り現状を写真に撮ってきたところはそれも合わせて掲載します。なお第三セクターについては経営形態は変わっても駅は生きているということで対象外にしています。

 国鉄・JR以外のいわゆる在来民鉄については、三菱石炭鉱業(清水沢−南大夕張)、函館市電(一部)、南部縦貫鉄道、新潟交通、蒲原鉄道(五泉−村松)、東武熊谷線、名鉄竹鼻線(江吉良−大須)・谷汲線・八百津線・三河線(西中金−猿投、碧南−吉良吉田)・岐阜市内線・美濃町線・田神線・揖斐線、京福電鉄永平寺線、京阪京津線(京津三条−御陵)、野上電気鉄道、有田鉄道、同和鉱業片上鉄道、岡山臨港鉄道、下津井電鉄、西鉄北九州線(除北方線)、熊本電気鉄道(御代志−菊池)、鹿児島市電伊敷線・清水線に乗り、1987年4月1日に廃止になった筑波鉄道(土浦−岩瀬間)の廃線後1ヶ月たった頃沿線を車で走り写真を撮りましたのでそれもあわせて公開していきたいと考えています。弘南鉄道黒石線、下北交通、のと鉄道七尾線(穴水−輪島)・能登線は国鉄・JR転換路線なのでそちらに入っています。

更 新 履 歴

※各線区の更新については、地方ごとの線区一覧の「最終更新年月日」を参照してください。日付が新しくなっていれば内容が更新されています。

2007年1月22日  北海道の標津線のページの、旧根北線の未完成区間に残る幾品川第一橋梁(越川橋梁)が残った理由について国土交通省の技術者の方よりご教示いただいたので、掲載。

2005年11月22日 ファイル容量増大のため、TOK2プロフェッショナルへ移転。

2005年11月20日 民鉄のページを廃止し、三菱石炭鉱業は北海道へ、東武鉄道熊谷線は関東へ移動。中国・四国に岡山臨港鉄道を追加。一部のページの背景を黄色に変更。

2005年8月23日  アメーバブログに「鉄道いろいろ」を開設したので、お知らせとリンクを追加。

2005年8月21日  中部の能登線(羽根−蛸島間)の写真を追加、九州の矢部線に2005年8月5日に廃線跡をたどった時の写真を追加。九州の宮之城線を追加し、1985年8月に乗車した時と、2005年8月7日に廃線跡をたどった時の写真を掲載。福岡県星野村の錠光窯へのリンクを追加。

2005年5月2日   能登線の歴史のうち1988年ののと鉄道転換のところまで、福知山線(塚口−尼崎港)の尼崎脱線事故に関する記述に1997年にカーブがきつくなった旨を追加。

2005年5月1日   能登線の歴史のうち、蛸島まで全通のところまでを追加。

2005年4月28日  まだ未完成ですが、2005年4月1日に廃止になった能登線(写真は穴水−鵜川間)を追加。福知山線(塚口−尼崎港)を修正し、2005年4月25日の尼崎脱線事故に関する記述を追加。

2005年4月20日  七尾線(穴水‐輪島)の廃線跡の写真を追加。

(中略)

1997年1月15日  スタート

リ ン ク

 九州の矢部線のところで紹介した、福岡県八女郡星野村でやきものの窯を開いておられる山本拓道さんのホームページ。

ごうくん 格闘記
 茨城県土浦市在住のバス運転士さんのHPです。大型一種、大型二種免許取得、バス運転士になるまでの就職格闘記がメインですが、「鉄道廃線跡を訪ねる」に、旧国鉄日中線、常南電気鉄道、筑波鉄道訪問記があります。


 「館長」さんのホームページ。「鉄道趣味の部屋」→「十勝三股の話」に2000年5月5日の旧士幌線の旧十勝三股駅の様子が出ています。


汽車旅が好きな方ならご存知の方も多いと思います。
[Travel]→廃線前を訪ねて に北海道の廃線になった路線の現役時代の写真があります。

山田昌敬さん
シミュレーションゲーム等のhttp://www6.plala.or.jp/masataka/もあります。

鬼峠さん
北海道の観光情報のHP
厳選リンク→鉄道 に廃線跡についての情報があります。

めずらしい車と物のホームページ 泰中美彦さん
「鉄路を走るめずらしい車関係 & 失われた鉄路」に兵庫県で廃線になった鉄道が出ています。


 「旧国鉄士幌線跡地及びその周辺地域に残存するコンクリートアーチ橋梁群、線路跡その他の近代化遺産(以下「旧士幌線近代化遺産」という)の保存・利用・活用に関する事業を行うほか、近代化遺産の保存・利用・活用を志す人達とのコミュニケーションの促進やネットワーク化に関する事業、近代化遺産の実態調査及び研究、近代化遺産の保存・利用・活用方法の研究及び助言並びにこれらに関する情報・記録の収集、保存及び提供に関する事業を通じて、生涯学習の発展及び地域社会の形成・発展に寄与することを目的(定款第3条)」とするNPO法人です。


 2003年10月1日に日本鉄道建設公団と運輸施設整備事業団とを統合して発足しました。特殊法人等改革基本法(2001年法律第58号)に基づき、2002年12月14日に成立した「独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構法(2002年法律第180号)」が根拠です。

参 考 法 令

鉄道敷設法[1922年法律第37号]
 ローカル線問題を語る際に欠かすことの出来ない法律。1892年鉄道敷設法、1896年北海道鉄道敷設法に代わって制定され、その後も別表が改正されて新しい予定線が追加され、1951年には鉄道建設審議会に関する規定が追加されました。
 この法律に基づいて1970年代まで日本鉄道建設公団が延々とローカル線を建設し続け、その後かなりの線が廃止されたばかりか、工事中止となった未成線があちこちで残骸をさらしています。もっともこれは鉄建公団が悪いのではなく、このような流れを作った政府の責任ですが。1986年法律93号(日本国有鉄道改革法等施行法)110条により1987年3月31日限りで廃止されました。

日本鉄道建設公団法(制定時:1964年法律第3号)
 2003年10月1日に運輸施設整備事業団と統合して独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構に改組されました。
 1962年5月の第36回鉄道建設審議会において「鉄道新線の建設を推進するためには、国鉄と別個の組織を設け、政府、国鉄等がその財源を負担してこれに対処すべきである。」との建議が行われたことが契機となり1964年に設立されました。
 1964年の発足時は、鉄道建設審議会の答申に基づく運輸大臣の指示に基づいて新線を建設し、国鉄に譲渡又は貸与することを主な目的としていたため、「赤字ローカル線作りの元凶」と批判されたこともありましたが、1970年に整備新幹線の建設が、1972年に都市部の民鉄の建設が加わりました。1980年の国鉄再建法の施行に伴い、地方交通線・地方幹線(AB線)は鹿島線(現鹿島臨海鉄道大洗鹿島線)と内山線(現JR予讃線向井原−内子)以外は建設凍結となり、第三セクターの引き受け手があった路線のみ建設し、2002年7月の阿佐西線が土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線として開通したのを最後にAB線建設は終了しました。
 1998年10月の日本国有鉄道清算事業団の廃止に伴い、旧国鉄用地の売却等を引き継ぎました。

日本国有鉄道経営再建促進特別措置法[1980年法律第111号]
日本国有鉄道経営再建促進特別措置法施行令[1981年政令第25号]
 通称「国鉄再建法」「同施行令」。国鉄最後の再建計画と言われ、ローカル線問題に限れば、国鉄線を幹線と地方交通線に二分し、地方交通線のうち廃止対象となる特定地方交通線の選定、特定地方交通線対策協議会の開催、廃止路線の地方鉄道業者(第三セクターまたは民鉄)への貸付け及び譲渡、地方交通線の割増運賃、工事中止になった日本鉄道建設公団が建設中の新線のうち、第三セクター等の引き受け手が現れた場合の工事再開について規定されています。 施行令では幹線、地方交通線、特定地方交通線の選定基準、特定地方交通線対策協議会の組織、地方交通線及び日本鉄道建設公団が建設中の新線の貸付け及び譲渡の有償無償について、転換後5年間の赤字をバス転換は全額、第三セクターまたは民鉄転換の場合半額補助すること、そして国鉄の営業路線名と区間を規定しています。特に最後の国鉄の営業路線名と区間は「日本国有鉄道線路名称」に基づくと国鉄総裁の権限で線名や区間を勝手に変えることができる−−廃止対象のヒゲ線を本線の名無し支線に組み入れる、たとえば久慈線(現三陸鉄道北リアス線)を八戸線に組み入れる等−−ため、施行令で公示し、これに従って進めることになりました。基本的には線路名称のとおりですが、すべて○○線に統一し1相生線から245和歌山線まで50音順に並べる、二重戸籍の解消、線区によっては実態に合わせて起点と終点が逆転、成田線のように本線と支線の関係が異なる等の違いがあります。




日本国有鉄道改革法等施行法(抄)(1986年法律第93号):国鉄再建法廃止に伴う経過措置(附則23条)
 国鉄改革に伴い、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法は廃止されましたが、未転換の路線が多数あるためJR化から2年(1986年承認の路線にあっては2年半)は同法の効力を維持し、さらに半年以内に転換する旨の規定が附則23条に規定され、そうでないと転換交付金等の優遇措置が受けられないことになりました。その他特定地方交通線に対しては転換までその路線の運営費を国鉄清算事業団がJRに対し支払う旨等の規定があります。

参 考 資 料


 このホームページを作成するに当たって、

・停車場変遷大事典 国鉄・JR編(1998年10月刊・日本交通公社出版事業局)
・駅名変遷事典(「旅」1993年4月号別冊付録・日本交通公社出版事業局)
・鉄道ジャーナル(鉄道ジャーナル社)
・旅と鉄道(鉄道ジャーナル社)
・「鉄道廃線跡を歩く」シリーズ((故)宮脇俊三編著・JTBキャンブックス)−−宮脇さんのご冥福をお祈りします
・ローカル線の旅(種村直樹著・日本交通公社出版事業局)

を参考資料として使用しました。

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