Place of scenic and historic interest



あつたの森
熱田神宮


2007.08.03

2007.08.03熱田神宮・清水社と御田神社の間のクスの古木
2007.08.03熱田神宮・清水社と御田神社の間のクスの古木
樹齢千年ほどあろうかと思われる立派なクスの古木。熱田神宮で三番目に大きい楠の古木です。
2007.08.03熱田神宮・信長塀
2007.08.03熱田神宮・信長塀
この築地塀は、織田信長が桶狭間の戦いへの出陣の際に戦勝祈願をし、大勝したお礼として奉納したと伝えられています。土・石灰・油で練り固め瓦を厚く積み重ねてあります。
2007.08.03熱田神宮・大幸田神社(末社)
2007.08.03熱田神宮・大幸田神社(末社)
五穀を始め食物を司る神様をお祀りしています。社名からも田に大きな幸福をもたらすと解することができ、別名「大福田」とも記されています。
2007.08.03熱田神宮・六末社
2007.08.03熱田神宮・六末社
2007.08.03熱田神宮・内天神社
2007.08.03熱田神宮・内天神社
2007.08.03熱田神宮・常夜燈
2007.08.03熱田神宮・常夜燈
2007.08.03熱田神宮・正面参道三の鳥居
2007.08.03熱田神宮・正面参道三の鳥居
熱田神宮には表参道に三柱、西門と東門に各々あります。
2007.08.03熱田神宮・龍景閣
2007.08.03熱田神宮・龍景閣
明治11年10月26日、明治天皇が北陸・東海両道を御巡行の途次、愛知県に御臨幸された際に便殿(びんでん・休憩所)として造られたもの。昭和7年西区庄内公園に移され、故野原新太郎氏が保存に当たっていたが、明治維新100年に際し、明治維新関係資料100点と共に熱田神宮に献納それたもの。
二階の玉座は当時のまま保存されている。
2007.08.03熱田神宮・龍景閣 明治天皇便殿の碑
2007.08.03熱田神宮・龍景閣 明治天皇便殿の碑
2007.08.03熱田神宮・又兵衛
2007.08.03熱田神宮・又兵衛
合掌造りとしては最古に属する又兵衛は国登録の文化財に指定されています。
この建物は江戸前期のもので、岐阜県吉城郡古川町の坂上家の住宅であったが、1957年に熱田神宮に移築された。坂上家は代々「又兵衛」と称していたので、このように名付けられた。入母屋平屋造りの建物で茅葺の屋根は鉄板で覆われている。また、この周辺には六軒の茶室が建てられています。
2007.08.03熱田神宮・菅原社
2007.08.03熱田神宮・菅原社
2007.08.03熱田神宮・西門
2007.08.03熱田神宮・西門
2007.08.03熱田神宮・下知我麻神社
2007.08.03熱田神宮・下知我麻神社
宮簀媛命の母、真敷刀卑命を祀り妃太夫社とも呼ばれた式内社。上知我麻神社と共に大化三年に鎮座された。
2007.08.03熱田神宮・手水舎
2007.08.03熱田神宮・手水舎
2007.08.03熱田神宮・大楠
2007.08.03熱田神宮・大楠
弘法大師お手植えと伝えられ、境内には名古屋市で最も古く大きな楠もあり、これは4番目の大楠です。樹齢は千年といわれています。
2007.08.03熱田神宮・ニの鳥居
2007.08.03熱田神宮・ニの鳥居
2007.08.03熱田神宮・宝物館・文化殿
2007.08.03熱田神宮・宝物館・文化殿
校倉造風の外観の建物です。熱田神宮宝物館には、皇室をはじめ、室町・江戸幕府の将軍、戦国武将、尾張藩主の奉納品や一般篤志家からの献納品など、4000点余収蔵されています。
国宝の来国俊の短刀や重要文化財の熱田本といわれる日本書紀など多数展示されています。
2007.12.24熱田神宮 斎館・勅使館
2007.12.24熱田神宮 斎館・勅使館
2007.08.03熱田神宮・清雪門
2007.08.03熱田神宮・清雪門
もとは本宮の北門と伝えられ、俗に不開門といって固く閉ざされたままである。
天智天皇(668)故あって皇居に留らせ給うた神剣が朱鳥元年(686)再び当神官に収められたとき、二度と御動座なきよう門を閉ざしたという故事による。その故事とは、草薙の剣は一度盗まれている。「日本書紀」に天智天皇7年(668)の頃に「この年、僧の道行が草薙の神剣を盗んで新羅(しらぎ)に逃げようとした。しかし、途中で風雨に遭って戻された」とある。事件後、神剣は皇居に納められた。
しかし、天武天皇が病気に罹ったので、占ったところ、神剣の祟りというお告げが出た。朱鳥元年(686)神剣は熱田神宮に戻され今日に至っている。
 
2007.08.03熱田神宮・永代常夜燈
2007.08.03熱田神宮・永代常夜燈

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