Place of scenic and historic interest



東海道五十三次
嶋田宿から藤枝宿



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安藤広重 東海道五十三次之内嶋田宿大井川駿岸之図(保永堂版)広重美術館蔵
安藤広重 東海道五十三次之内嶋田宿大井川駿岸之図(保永堂版)広重美術館蔵
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と謡われた、東海道最大の難所を擁する嶋田は、川越宿場として栄えた。元禄9年(1696)に川越制度が定められ、代官に任命された川庄屋が川会所で管理運営をした。その日の水の深さや川幅や、平らから大高欄まで連台の等級によって5区分され、脇通(4尺5寸)を越すと川止めになった。何日も続くと隣の宿場も含めて繁盛を通り越してごつた返しになつた。(記録にある最長は幕末の28日)
天保14年の東海道宿村大概帳に寄れば、本陣3軒、旅籠48軒、家数1461軒、人口6727人。
2006.11.07嶋田宿 大井川
2006.11.07嶋田宿 大井川
2006.11.07嶋田宿 大井川から見た富士山
2006.11.07嶋田宿 大井川から見た富士山
2006.11.07嶋田宿 大井川人道橋
2006.11.07嶋田宿 大井川人道橋
長さ1200m余の大井川鉄橋、今日は特に風が強く通過するのに10分余り要しました。
2006.11.07嶋田宿 大井川沿いに立つ「永仲景述」の石碑
2006.11.07嶋田宿 大井川沿いに立つ「永仲景述」の石碑
2006.11.07嶋田宿 島田市博物館
2006.11.07嶋田宿 島田市博物館
川越しの歴史と文化を解りやすく展示されています。
2006.11.07嶋田宿 朝顔の松
2006.11.07嶋田宿 朝顔の松
浄瑠璃や歌舞伎で大当たりした『生写朝顔日記』ゆかりの松と碑がある。恋する男を慕ってのさすらい旅で、泣きくれて失明してしまう家老の姫君。偶然嶋田宿で触れ合うが、男には連れの者がいて名乗れぬまま川を渡ってしまう。女はそれと知って追おうとするが、川止めにあって悲嘆の末身投げする。助けられて、男の託していった秘薬を飲むと眼が治り、最初に見えたのが河岸の美しい松の木だつたという。
2007.04.05嶋田宿 蓬莱橋
2007.04.05嶋田宿 蓬莱橋
世界一長い木造歩道橋。全長897m、明治12年完成の橋です。平成9年にギネスブツクに登録されています。1869年(明治2)7月、最後の将軍徳川慶喜を護衛してきた幕臣達が大井川右岸にある牧の原を開拓し、お茶をつくり始めた。当初は大変厳しい環境の中で、筆舌にはつくせない苦労の連続であつた。そのかいがあって順調に茶栽培が営まれ、生活が安定するに従って、島田方面に生活用品を買いに出るようになつてきた。大井川を小舟で渡るため大変危険であつた。島田の開墾人総代達は、時の県令に橋を架ける願いを出し許可され明治12年に完成した。橋脚だけは増水のため何度も被害を受けていたので1965年(昭和40)にコンクリ-トの橋脚に変え今日の姿になっています。
2007.04.05島田宿 蓬莱橋
2007.04.05島田宿 蓬莱橋
2007.04.05島田宿  蓬莱橋から見た大井川
2007.04.05島田宿  蓬莱橋から見た大井川
2006.11.07嶋田宿 川越遺構の町並図
2006.11.07嶋田宿 川越遺構の町並図
2007.04.05島田宿 八重粋稲荷神社
2007.04.05島田宿 八重粋稲荷神社
2007.04.05島田宿 大井川せき跡
2007.04.05島田宿 大井川せき跡
2006.11.07嶋田宿 川越遺構町並
2006.11.07嶋田宿 川越遺構町並
2006.11.07嶋田宿 川会所
2006.11.07嶋田宿 川会所
江戸期の建物で、川越業務を管理運営していた所です。
2006.11.07嶋田宿 川会所内部の様子を再現
2006.11.07嶋田宿 川会所内部の様子を再現
2006.11.07嶋田宿 大高欄連台
2006.11.07嶋田宿 大高欄連台
2006.11.07 嶋田宿 平連台
2006.11.07 嶋田宿 平連台
2006.11.07嶋田宿 川越茶屋
2006.11.07嶋田宿 川越茶屋

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