Place of scenic and historic interest



東海道五十三次
岡崎宿



2007.01.11 岡崎 籠田惣門跡
2007.01.11 岡崎 籠田惣門跡
田中吉政の時代、岡崎城の周囲は川の流れを取り入れた堀で囲われていたとされる。
籠田惣門は、現在の籠田公園前の西岸寺あたりにあつた。門の前に外堀があり、そこから西は岡崎城となる。惣門は東海道が城郭内に入る出入口にあたり、籠田惣門は東の門であった。西は現在の中岡崎町に松葉惣門があつた。
2005.07.09岡崎市伝馬町  本陣跡
2005.07.09岡崎市伝馬町  本陣跡
本陣跡は伝馬町交差点角にあって現在は花屋になっています。
2007.01.11伝馬町通り 永田屋・糸惣
2007.01.11伝馬町通り 永田屋・糸惣
2007.01.11伝馬町 あわ雪茶屋
2007.01.11伝馬町 あわ雪茶屋
備前屋の『あわ雪』はかつて東海道の名物として知られた『あわ雪豆腐』を再現したもの。泡立てた卵白に砂糖を加え寒天で固めた、まさに雪のような食感のお菓子。
2005.07.09 名鉄東岡崎駅近くの恵美須神社
2005.07.09 名鉄東岡崎駅近くの恵美須神社
2005.07.09伝馬町 専福寺
2005.07.09伝馬町 専福寺
2005.07.09伝馬町 善立寺
2005.07.09伝馬町 善立寺
2007.01.11岡崎伝馬町 日蓮宗の円頓寺
2007.01.11岡崎伝馬町 日蓮宗の円頓寺
2007.01.11岡崎伝馬町の常夜燈
2007.01.11岡崎伝馬町の常夜燈
何故か、通りに面しているのに常夜燈の前に看板があり隠れています。
2007.01.15岡崎 徳王稲荷社・金毘羅社
2007.01.15岡崎 徳王稲荷社・金毘羅社
戦災で両社殿とも焼失したが、昭和42年合祀して新社殿を造営した。藤も焼け残っていた3株を移植すると10年後に花をつけ、170センチの房もたれた。
2007.01.15岡崎 徳王稲荷社
2007.01.15岡崎 徳王稲荷社
2007.01.15岡崎  東本願寺三河別院
2007.01.15岡崎  東本願寺三河別院
真宗大谷派の大寺院
2007.01.15岡崎  法園寺
2007.01.15岡崎  法園寺
2007.01.15岡崎 根石原観音堂
2007.01.15岡崎 根石原観音堂
曹洞宗の根石寺。この寺の本尊の聖観世音菩薩像は行基法師の作といわれています。
和銅元年(708)天下に疫病が流行し、時の天皇43代元明天皇も大変心を悩まされ直ちに行基法師を召され、悪疫を絶やしてほしいと念願された。そこで法師は自ら六体の観音像を彫り、その内の二体を根石の森に勧請し十七日間祈祷を続けられたところ、霊験あらわれ、はやり病も治まり世人の喜びは大変なものであつた。徳川家康の長男信康公も初陣の折この観音像を祈願し軍功を上げて以来、開運の守り本尊としてあがめられていた。
2007.01.15岡崎 若宮八幡宮
2007.01.15岡崎 若宮八幡宮
御祭神は仁徳天皇と岡崎三郎信康公。創建は不詳であるが、天正7年(1579)9月15日徳川家康の長男信康公は織田信長により遠州二俣城にて20歳で自刃した。いかに戦国の世とは言え、家康の子を失った親の気持ちは計り知れない。家康は涙をこらえ当地に埋葬した。
2007.01.15岡崎   若宮八幡宮の岡崎三郎信康公首塚
2007.01.15岡崎   若宮八幡宮の岡崎三郎信康公首塚
2007.01.15岡崎市欠町 二十七曲の碑
2007.01.15岡崎市欠町 二十七曲の碑
二十七曲の東の出発点。ここの石碑を見ると東海道がどのように通っているかがわかる。
徳川家康が関東へ移った後、1590年田中吉政が移封されてきた。吉政は城下町の整備にとりかかった。それまで乙川の南を通っていた東海道を城下町に導き入れ、城の防衛上『二十七曲』の屈折道を作った。外敵には城までの距離を長くし、味方には間道を利用して距離を縮めることができる手法であった。
2007.01.15岡崎 二十七曲りの碑
2007.01.15岡崎 二十七曲りの碑
2007.01.15岡崎  欠町の秋葉山常夜灯
2007.01.15岡崎  欠町の秋葉山常夜灯
2007.01.15岡崎  一澤山法光寺
2007.01.15岡崎  一澤山法光寺

PAST INDEX FUTURE